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セカンド彼女になりがちアラサー、悪役令嬢に転生する  作者: にしのムラサキ
【分岐】鹿王院樹
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悪役令嬢は気がつく


「何回も言われてたのに」


 私は駅ちかくのカフェで、ひとりカフェオレを飲みながらそう呟いた。

 夏休みも後半戦、なある日。

 敦子さんに3日間の海外出張があるのは、前から知ってた。

 圭くんが部活で(美術部!)北海道までスケッチ旅行に行くのも知ってた。

 八重子さんが夏休みを取って、息子さんがいる京都までしばらく遊びに行くのも知ってた。


「知ってたのに……」


 朝、言われたのだ。


「華、鍵忘れちゃダメよ、みんな居ないわよ」

「はーい、大丈夫。持ちました。行ってきます」


 そんな会話を思い出す。

 そしてさっき、塾から帰宅して鞄から鍵を出そうとしてーー気がついた。


「あれ?」


 さあっ、と血の気が引く。


「やば、鍵、別の鞄だ!」


 出がけに鞄を変えたのだった。すっかり忘れてて、いつも通り入れっぱなしにしてると思い込んでいた。


(情けないな〜)


 前世でもこういうことあった。生まれ変わっても治ってない……って、そんなことはどうでも良いのだけれど。


「さて……どうしよ」


 私はじゅー、とお行儀悪く音を立ててそのカフェオレを飲み切る。さて。

 少しずつ、空がオレンジ色に潤みつつある。


(……暗くなると動けなくなる)


 困った。


(どこかホテルに行こうにもなあ)


 お小遣いはきっちり(と、いうか不相応なくらいに!)貰っているので、ビジネスホテル2泊くらいなら余裕でできる。


(けど、女子中学生ひとり)


 泊めてもらえるんだろうか? なにぶん、前世の中学生当時したことがなかったら分からない。


(千晶ちゃんに連絡して泊めてもらう?)


 すぐに否定した。あの家、真さんいるもの。なんか嫌な予感が……うん。


 樹くん、アキラくん……。


(うーん)


 む、と眉を寄せた。

 というか、男友達の家に泊まるってどうなんだろう。この年齢で。


(ご家族はいい顔しないよねー!?)


 女友達泊める、ってどうなの? というわけで、却下。

 ひよりちゃんちは家族で沖縄。竜胆寺さんは甲子園が終わったのでカナダへ行ってるらしい。甲子園中はずっと西宮にいたということなので、うん、筋金入りだ。


(……私、友達少ないな?)


 はっと気がついてしまった。なんか切ないぞ。

 いやまぁ、私の友達が少ないのはいいんだ。別に。問題は、今日、どうするかであって。

 ぼけーっとしながら考えていると、ぽん、と背中を叩かれた。思わずびくりと振り返る。


「ああ、済まない、驚かせたか」

「あれ、樹くん?」


 首をかしげる。

 樹くんはTシャツにジャージ、斜めがけのエナメルバッグ、部活帰りです! って感じの格好。


(すっごく普通)


 普通の中学三年生、だ。すこし大人びてるし身体も大きいから、高校生くらいにみえるのはまた別の話としてーーすごく、普通、なのに。


(……なんでカッコよくみえるんでしょうね?)


 少し気恥ずかしくて、視線を逸らす。


「いや、そこから華がみえたから」


 樹くんはすこしだけ、眉を下げた。窓ガラス越しに気がついて、わざわざお店まで声をかけにきてくれたらしい、のに。


(あー、私の態度、悪い)


 目線逸らしたりしたからか、樹くんは少し申し訳なさそうにしてる。違うのに。


「すまない、つい」

「えっううん、全然謝られることないんだけれどっ……て、いうか、嬉しいよ」


 申し訳なくて、つい本音を漏らしてしまう。


(本音は本音で恥ずかしいですよ!?)


 頬に熱が集まるのを覚えた。おそるおそる見上げると、樹くんもなぜだかものすごく険しい顔をしてる。……照れてるときの、顔。


(……わ)


 なんでだろ。

 なんで照れたりしてくれるん、だろ?


「あー、ええと」


 樹くんはモニャモニャ口籠ってる真っ赤な私をみて、少しだけ笑った。


「なにをやっているんだろうな、俺たちは」

「……だね」


 頬が赤いまま、思わず吹き出す。なんかよく分からないね!


「ところで華、話しかけたのは他でもない。もう薄暗いから、もし迎えがないようなら送るぞ」


 暗いとこがダメな私に気を使ってくれてたみたいだ。


「あー、ええと」

「? なにかこのあと用事でもあるのか?」

「ええと、違って」


 私はしばらく迷ったあと、小さく事情を説明した。今日と明日、泊まるところがないんですと。

 樹くんはぽかんとしたあと、首を傾げた。


「そんなことなら頼ってくれたらいいのに」

「え」

「ぜひ泊まってくれ」

「でも」

「部屋なら腐るほどある」

「そうじゃなくてですね」


 男子の家に泊まるってどうなの!?


「許婚だろう?」


 樹くんは微笑む。


「もう少し頼ってくれていいんだぞ、華」

「うーん、けど、ええっと」


 言い淀む私を考えるように少し眺めてから、樹くんは言った。


「華は許婚で、もう……なんだ、ええと、そうだ、家族のようなものだから」

「へっ」

「気にしないで頼ってほしい」


 私はぽかんとして、樹くんを見つめる。


(家族)


 この感情を、どう表現したらいいか分からない。

 嬉しいことを言われてるはずなのに、優しいことを言われてるはずなのに、私はーーなんだかひどく、悲しくなったのでした。

 それは私のことは恋愛対象外だと、そう宣告されたようなもので、それと同時に私は気がついてしまう。

 私はこの少年に、いつの間にか惹かれていたのだと。

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