悪役令嬢は気恥ずかしい
「大事にされてるんだねぇ」
女子のクラス対抗リレーの順番待ち、ひよりちゃんと前後して並んでいると、ふとそう言われた。
「へ?」
「あんなに怒ってさ〜」
ふふ、とひよりちゃんは笑う。
「愛されてますって感じだね」
「え、えっと?」
私は慌てて手を振った。だって多分、そんなんじゃないし!
「……樹くんは、多分、誰であろうとあんな反応だったと思うよ」
優しいひとだから。
「そーかな」
「そーだよ」
そう言って微笑むと、なんだかストンと納得した。うん、樹くんはそんなひとなんだ。真っ直ぐな男の子で、だから、私はーー。
「?」
「どうしたの?」
ひよりちゃんに不思議そうに覗き込まれる。私は首を傾げた。
("私はーー"なんなんだろう)
二人顔を見合わせあって首を傾げあっていると、竜胆寺さんに呆れたように呼ばれた。
「大友さん、もう次ですわよ!」
「あ、は、はーい!」
ひよりちゃんは急いでバトンゾーンに向かう。ひよりちゃんの次は私なので、ドキドキしながらレースの展開を見守った。
全8クラス中、ひよりちゃんは混戦の真ん中あたり、で抜きもせず抜かされもせず走ってくる。
(うー、どきどきだよ)
私はバトンゾーンに入りながら思う。どうか、こけませんように、抜かれませんようにーー!
と、バトンゾーンでひよりちゃんからバトンを受け取ろうとした時、だった。
「あ」
ひよりちゃんの身体が傾ぐ。
「危ない!」
声に出しながら、世界がスローモーションになったみたいに感じた。
ひよりちゃんは、ぎゅうと手を庇った。肩と顔を犠牲にする気だ! おそらくは、無意識的にーー。
(ピアニストだから)
手が一番大事。他のものは、どうだっていいんだ。例え、顔から突っ込むことになっても!
反射的にひよりちゃんを庇う。……かっこよくできたら一番だったんだけれど、何やら揉み合ったみたいに私も強かに地面に身体を打ち付けた。
「……いたたた」
「……っ、華ちゃん!? ご、ごめんっ」
ガバリと起き上がるひよりちゃんに、怪我は無さそうーーだけれど、私たちの横を1人、2人と追い抜いていく。
「やっば!」
私は立ち上がり、バトンを手に走り出す。少し足が痛いような気がしたけれど、気にしてらんない!
それから。
(えーい、もうどうでもいい!)
正直、走ると胸が痛いし揺れるから見られてるような気もするし、なんかヤだけど、気にしてられる状況じゃない!
無視だ! 無視!
なんとか、1人だけ追い抜き返して次の人ーー竜胆寺さんにバトンを渡す。
竜胆寺さんは綺麗に笑った。
「後はお任せあれ」
「へっ」
その言葉通り、竜胆寺さんは怒涛の2人抜きを果たして2位で次にバトンを渡した。
「す、すごいっ」
思わず飛び跳ねると、ズキリーーと足が痛む。
「は、華ちゃん」
べそべそと半泣きで、ひよりちゃんが私を見る。
「ごめんね、怪我させちゃった」
「ん?」
慌てて足を見ると、……うわぁ。
「あちゃー」
膝からスネにかけて、結構な傷だった。流れる血で、靴下が血塗れだ。
「気がつかなかったや」
「ドーパミンでもでてらしたのでしょう」
戻ってきた竜胆寺さんが気遣わしそうに言う。
「とにかく救護テントにーー」
その時、悲鳴のような歓声が上がる。うちのクラスのアンカーの子が、1位とあと身体ひとつ分、というところまで迫っていた。
「が、がんばれーっ」
私たちは声を張り上げる。アンカーの子はぐん、と身体を前に倒すように(コケはしなかったけど)ゴール!
荒い息で振り向いて、Vサインを見せてくれた。逆転だ!
私たちはキャアキャアとハイタッチしてはしゃぐーーけど、やっぱ、うん、足痛い。
「華ちゃん救護テントいこ? 大丈夫? 支えるよ」
「ですわね」
ひよりちゃんと竜胆寺さんが言ってくれて、お言葉に甘えようかな、としていると、ふと影がさした。
見上げると樹くんがいた。笑っている。
「速かったな」
「え、あ、そう? えへへ。……ていうか、なぜ?」
なんでここにいるんだろ、と首を傾げるとふっと持ち上げられた。お、お姫様抱っこ!
「ぎゃあ!?」
可愛くない声が出る。うわわ、なにされてますの私!?
「多分捻ってるぞ、右足」
「え、うそ!?」
「今はテンション高くて痛みがないだけだ」
さくさくと私を抱えたまま、樹くんは歩き出す。
「ええと、でもその、目立ちますので」
思い切り見られてる。ジロジロ見られてる。
「見られてていいんだ」
「えぇ……」
なんで?
気恥ずかしくて、顔を樹くんの胸に埋めるーーってこれはこれで恥ずかしい!
慌てて顔を上げて、でも視線がやっぱり恥ずかしくて顔を手で覆った。