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【アキラ姉視点】弟の恋

 あたしはさっきから新緑の下、敷かれたビニールシートのその上でゴロゴロ転がりながらぶうぶう言っている13歳下の弟に、ついに蹴りを入れた。


「痛っ! なにすんねん充希(みつき)!」

「文句言うたかてしゃあないやないか、(あきら)。華ちゃんは遠い鎌倉の空の下や」

「そない遠ない、電車で30分や!」

「つうか毎日ガッコで会うてんのやろ、なに文句言うとんの」


 意味わからん。


「つか、せっかくの家族揃ってのバーベキューやんけ、ちょっとは手伝えやアホ。優希見習えやドアホ。準備途中参加やねんから一番張り切ってや」

「家族揃って言うても、おとんおらんやんけ」

「もう少ししたら来るやろ」

「ほんまかなぁ」


 あたしには割りかし家族が多い。両親、それから妹ふたりに弟ふたり。あたし、妹、妹、弟、弟の順だ。

 今目の前で文句ぶうぶう垂れている、やたらとデカく育ち中の上の弟、瑛はしぶしぶと立ち上がり、母さんのところに「皿並べるわ俺」と言いに行っていた。


(よしよし)


 なんだかんだ、素直なんだあいつは。

 珍しく父さんがバーベキューでもしよか、と母さんに言ったのが昨日、金曜日の夜。


(なーのーにーさ!)


 肝心の父さんは「少しだけ様子見てくる」と朝から職場に行ってしまったらしい。スーツで。なんぼなんでも戻ってくるとは思うけど。


 横浜市内の(言うても隅っこやけど)海が見える公園がウチでは定番のバーベキュースポットで、朝から(父さんと午前練の瑛以外)総出で、ビニールシートだのアウトドア用の机だの、ビールやジュースが詰まったクーラーボックスだの、を搬入したのだ。重い重い。車の運転はあたし。


(……乗るなら飲むな、だよねぇ。分かってても羨ましい)


 周りの人もそんな感じで、まだ正午過ぎなのに既に酔っ払いもちらほら。


「あー、ビール飲みたい!」

「運転、しようか? 充希」


 下の妹の皐希(さつき)がいうけど、あたしは首を振った。初心者マークに家族全員の命をまだ預ける気にならない……。


「あー、華、なにしとるんかな」

「まだ言うとんの」


 そんな中、午前だけ部活(土曜練習は半ドンだとか言っていた)に参加して直接公園に来た瑛は、海を見るなり「華に会いたい」とぶうぶう言いだしたのだ。


「海とかさあ、華、似合うんよなぁ、多分」

「あー、そ」


 華ちゃんとは、瑛が骨折(港でチャリでチキンランごっこしてコケて海に突っ込んだ。ほんまアホや)で入院していた時にできた友達、というか瑛に言わせるとそのうち嫁になるらしい。ほんまかな。


(でもなぁ、バスケ以外に飽き性の瑛が、もう随分長い間好きでいるんだから)


 よほど素敵な子に違いない、とは思う。


「あー、華、何しとるんかな」

「ほんまウルサイ」


 皐希にも頭をはたかれていた。

 瑛はちらりと姉をにらんで、それからまた「あーあ、華はお前らと違ってオシトヤカなんやからな」とぶつぶつ言う。


「そういう子のほうが怒ったら怖いねんで」


 あたしがアドバイスしてやると、瑛は笑って「怒っても可愛いに決まっとるやかないか、アホか」と言うのでほんまこいつ重症やなと思う。ほんまに。


「待たせたな」


 父さんの声。我が父親ながらシブイ声だ。振り向くとスーツ姿だった。


「いや、着替えーや」


 真ん中の妹、芙津希(ふづき)が突っ込む。


「別にいいだろう」

「汚したらクリーニングに出すん母さんやで、ちょっとは迷惑考えや」

「汚さへん」

「せめて上だけ脱いで!」


 芙津希が父さんのジャケットを無理やり脱がせ、皐希が持ってきておいたウインドブレーカーを渡す。


「着といて」

「はい」


 父さんはなんやかんや、あたしたちには弱い。娘に甘いのもあるし、仕事仕事で家庭を省みきれてない、という負い目もあるかもしれない。


「せやけど、なんで急にバーベキュー?」

「皐希の免許合格祝いをしていなかったなぁと」

「なんやそんなんか! おとん抜きでやったで」


 明るく言い放つ瑛に、ちょっと眉を下げる父さん。


「俺も参加させてくれや」


 情けなくいうと、みんなが笑った。まったくしゃあないな。

 皆でテーブルにすわってワイワイとお昼ご飯にする。


「あー、ほんま華、なにしとるんかな」

「しっつこいな瑛、そんな言うなら告れやさっさとー。華ちゃんそのうち彼氏くらいできるで?」


 彼氏、の言葉に瑛はグッと詰まった。……え、なに、横恋慕しとんのこいつ?


「リャクダツはあかんで瑛」

「ちゃう、彼氏ではない、あれは。せやけど、せやけどやな! 色々あるんやぼけー!」


 色々ってなんやねん。

 瑛とあたしの会話に、不思議そうな顔で入ってくる父さん。


「ハナ?」

「え、父さん知らへんの!?」


 ほぼ全員が驚いた顔をした。瑛本人も「情報遅っ!」と言って笑う。


「瑛の彼女?」


 父さんの問いに、瑛は胸を張る。


「せやねん」

「ちゃうやろアホか、一方的な片想いやんけ。華ちゃんそんなん言われて可哀想に」

「なにがカワイソーやねん」


 あたしたちの会話を聞いて、父さんは嬉しそうに笑った。


「写真とかないんか」

「お、見る?」

「え、あんの」


 あたしも身を乗り出した。


「あんま見せたくないねん、減るから」

「なんも減らんわアホか」


 瑛の取り出したスマホを、家族みんなで回しながら見ていく。


「あら、また少し大人っぽくなった?」


 とは、何度か会ったことのあるらしい、母さん。


「美人やんけ」

「釣り合わなーい」


 少し悔しそうな優希と、からかう口調の芙津希。

 私は渡されたスマホを見て、うん、正直驚いた。


「……うわ、かっわいい」

「せやろ」

「なんで自慢気やねん」

「つか、これどこ」

「清水寺」

「あー、修学旅行勝手に混ざったんやって?」

「いや俺だけやなくてやな」

「一体なにしてんねん」

 

 少し呆れながらスマホを父さんに渡す。


「……」


 驚いた顔をしている。でもそれは、華ちゃんが可愛らしいから、とかじゃないとおもう。何か別の驚き。


「どないしたん?」

「いや」


 父さんはスマホを瑛に返しながら言った。


「綺麗な子やな」

「せやろ」

「元気そうで良かった」

「? せやな、元気みたいやで」

「笑えている。なによりだ」

「なんやねんさっきから」

「なんでもない」


 父さんは笑った。


「今度、ご挨拶しておこうかな」

「やめてや、なんかオモなるやん」


 瑛が本気で嫌がって、それから場の会話は別のものに流れていった。

 あたしは笑って話しながら、なんとなく父さんのあの反応が気になって、帰りしに父さんにこっそりと話しかけた。


「父さん、華ちゃんのこと知ってた?」

「ん、ああ、まぁ」

「なんで」

「……、瑛には言うなよ」

「うん」

「とある事件の、被害者のお嬢さんや」

「え、あ、そうなん」

「どうしているか、気になってたんや。こんなとこで知れるとは思わんかったが、元気そうで良かった」


 少し遠い目をして、ゆっくり微笑む父さん。


「……せやな」


 あたしはどう返事したらいいか分からなくて、とりあえずそう言って瑛を見た。


「あいつに支えられるんかな、そんな子」

「それは大丈夫やろ」


 父さんは笑う。


「瑛は一生懸命やからな」

「それ関係あるう?」


 あたしはそう答えながらも、多分大丈夫やろなと思う。

 瑛はお調子モンやし、かっこつけしいやし、ワガママやけど、その分明るくて優しくて、一途な男やから。姉の欲目もあるかもやけど。


「瑛!」


 あたしが声をかけると、折りたたんだ机が入った袋を肩から下げた瑛は「なんや!」と振り向いた。


(あんな重いもん、軽々運べるようになったんや)


 あんなに小さかった瑛が。

 ママ、ママ、言うて泣いてた瑛が。


(う。ちょっとなんか、胸に来た)


 滲みそうになる視界をごまかすように、あたしは大声で言う。


「応援したるから、頑張りや!」


 その言葉に、瑛は笑って返す。


「おう!」


 その笑顔には、一点の曇りもなくて、あたしは少しだけ、そんな恋をしている弟が羨ましくなるのだった。

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