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許婚殿はガチ切れる

「……は?」


 私がやたらと綺麗に微笑む真さんに、そう返事をした時だった。ばぁん、と派手な音がして、勢いよくドアが開かれる。


「樹、くん?」


 私は驚いて、思わずそう呟いた。


「……華から離れてもらえませんか、鍋島さん」


 樹くんは、私をチラリと見た後、いつもより低い声でそう言いながら、つかつかと近づいてくる。

 その後ろから、息を切らせて千晶ちゃんが飛び込んで来た。


「このドヘンタイシスコン野郎、華ちゃんに何してくれてんのよこのファッキンど変態」

「ちょっと待って千晶、そんな下品な言葉どこで覚えたの」


 真さんは私から離れながら、笑ってそう言った。

 駆け寄るように樹くんが側に来て、自分の後ろに私を隠す。


「華に、なにを」

「プロポーズ」

「華は、俺の許婚です」

「知ってるよ?」


 真さんはクスクスと笑った。


「だから、リャクダツしようとしてたんだ、ま、多少無理矢理にでもね?」


 樹くんが真さんの胸元を掴んだ。2人の身長はそんなに変わらないから、2人の顔は鼻がつきそうなほど近い。樹くんは真さんを睨みつけて、低い声で言う。


「そんなことをしてみろ、絶対に許さない」

「許さない、ねぇ」


 挑発するように微笑む真さん。


「そこに彼女の意思はあるのかな? 自由意志は。彼女が僕を選ぶ可能性は?」

「お兄様いい加減にしてっ!」


 真さんと樹くんくんのあいだに、千晶ちゃんが割り込む。


「樹くん、ほんとごめん、樹くん! わたしからよく言っておくし、お父様に言いつけておくから!」


 千晶ちゃんは2人を引き離しながら、震える声で言う。


「ほんとに、ごめんなさい」

「……鍋島が謝ることでは」

「そうだよ千晶」

「お兄様は黙ってて」


 そう言って千晶ちゃんは振り向いて、私の手を握った。


(あったかい)


 緊張して、指先が冷え切っていたようだ。千晶ちゃんは眉をひそめ「ごめんね」と呟く。


「落ち着くまでここにいて」


 囁くようにそう言って、千晶ちゃんは真さんを引きずって、部屋を出て行った。


「……華」


 辛そうな顔をして、樹くんは私の手を握った。どうやらメチャクチャ心配かけたらしい。

 まぁ、あの真さんに迫られてる女の子見たら、私も同じ反応をする。千晶ちゃん曰く「息がかかると妊娠する」らしいからなぁ……彼女とっかえひっかえ、な女の敵だし。


「大丈夫?」


 あまりに辛そうだったから、思わずそう尋ねてしまう。


「こっちの台詞だ」


 樹くんの声が、やっと少しいつもの感じになってきた。


「何もされてないか?」

「うん」


 言われて初めて、真さんは本当に私に指一本触れていない、ということに気がついた。


(なんというか、全部計算尽く、っていか)


 多分、後々で問題になるのを回避するためだろう。私たちは純然たる事実だけを述べるなら「書斎でお話していただけ」なのだ。真さんは私の髪の毛一筋にすら、触れていない。


(……正直、何を考えているのか分からない)


 そしてそれが、一番怖い。


「華、少しは自覚を持ってくれ」


 樹くんが吐き出すように言った。


「なんの?」


 首をかしげる。自覚、とは?


「自分が魅力的だ、ということのだ」

「魅力的ぃ?」


 思わず復唱した。なんだか的外れなことを言われている気がする。


「モテたことないんだけど」

「自覚がないだけだ」


 そうは言うが、本当に前世含めてモテた記憶というものはない。

 前世では、モテなさのあまり、そこそこ知ってて仲がいいような人に「好き」と直接言われると「もうこの人以外私のこと必要としてくれないかもしれない……!」という思いが暴走して、その場でその人に恋をしてしまうという悲しき性格だった。

 ……自分で言うのもなんだけど、相当ちょろいよね。お陰で男に振り回されまくった前世でした。悲しい。

 今だって、ほら、真さんみたいな変な人しか寄ってきてないじゃーん! しかも恋愛対象でもなさそうだったし。


「真さんだって、私のこと好きとかじゃないんだよ。条件的にいい、とかそんなんで」

「……華は、あの人と結婚したいと思うか?」

「は!?」


 なぜそんな展開になるっ!


「思うわけないじゃん!」

「……そうか」


 そう言って、また私を心配気にみてる樹くんに、私は笑いかけた。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。


「ね、樹くん、今日帰りに水槽見に行っていい?」


 樹くんを見上げてそう尋ねる。たまーに、敦子さんについて鹿王院家に行ったときなんかに、樹くんの水槽を見せてもらうのだ。ウーパールーパーとか、熱帯魚とか、得体の知れないでかい魚とか。


「……ああ」

「また餌あげていい?」

「生き餌?」

「コオロギは苦手なの!」


 例のアレな虫にちょっと似てるんだもん!


 私がぷうっと頬を膨らませると、樹くんはやっと笑ってくれた。


「冗談だ」

「虫嫌いなの知ってるくせに」


 時々、お魚に虫を(栄養があるらしい……)あげているらしく、私には絶対見せないでね! と強く言ってあるのだ。


「知ってる」


 樹くんは笑った。


「虫が嫌いなのも、甘いものが好きなのも、一度寝るとなかなか起きないことも、案外意地っ張りなことも」

「……半分くらい悪口じゃない?」

「華の魅力について語ったつもりなのだが」

「語られてないよ」


 樹くんは、ふ、と優しく笑う。そして私の頬に手を添えた。


「そんなことも知らない男に、華を奪られる気は更々ないから安心しておけ」

「……? はぁい」


 私は首を傾げながら頷く。

 とにかく真さんと婚約させるのは阻止するから安心してろってことなんだろう。


(あんなヒトと婚約したらほんとにオモチャにしかされないからねっ)


 とにかく今後、真さんには近づかないでおこう。

 私はそう心に強く決め、しかしそう現実は甘くない、ということを後々知るのであった。

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