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悪役令嬢は遊び方が分からない

「鹿王院樹だ」

「設楽華、です……」


 かこーん、と鹿威しが鳴った。

 鹿王院くんは自己紹介をした後、何も言わずじっと池の鯉を眺めている。


(うう、帰りたい……)


 お茶会も無事終わり、帰ろうとした矢先のことだった。

 静子さんが鹿王院くんを連れて挨拶に来てくれたのだ。


(こ、来なくて良いよう……)


 そして何が何だか分からないうちに「子供同士で遊んでらっしゃい」とさっきまで野点が行われいた日本庭園に2人で放り出されたのだった。

 敦子さんたちはお茶(今度は紅茶)するらしく、ホテルのラウンジに向かって行った。


「えーと」


 私は首をかしげる。鹿王院くんも少し困ったカオをしてる気がする……。

 とりあえず仕方なく庭に出て、お互い自己紹介したところで会話がなくなった。

 桜がフワフワと散っていくのを眺めながら、ちらりと鹿王院くんの顔を覗き込む。鯉のいる池に桜の花びらが浮かぶ。


(そりゃそうよね~、中学生だもんね)


 レディ(いや、私がレディかどうかはともかくだ)と2人きりだからエスコートして、というには彼は幼すぎるだろう。


(ここは精神的アラサーの私がリードしてあげなくてはね……)


 いや、あまりお近づきにはなりたくないけど、この無言の気まずい空間もどうなのよってことね、と自分に言い訳をする。


「えっと、鹿王院くんサッカーしてるの?」

「ああ」


 うーん塩対応。そういやゲームでも華嫌われてたからな。そもそも合わないのかも。


(でもまぁ、せめて今だけは楽しく遊ぼうぜ)


 気を取り直して、質問を続ける。


「えーと、運動は割とできる?」

「? ああ」

「バレーは?」

「難しくないことなら」

「ほんと?」


 にっこり微笑み、風呂敷を解いた。中にあるのは手毬だ。

 せっかくだから、敦子さんが持たせてくれた手毬で遊ぼうと思ったのだ。


(けど、サッカーはさすがにね。蹴るのはね)


 なので、バレーというか、オーバーハンドでパスし合うのはどうかなぁと思ったのだけど。それなら会話要らないですし……。


「ね、これでバレーしよう」


 手毬を持って微笑むと、鹿王院くんはすこしびっくりしたような顔をして、それからゆっくり頷いた。


「いいだろう」


(あは)


 こっそり笑う。小さい頃から偉そうなのは変わらないのね。ゲームの鹿王院くんは、不遜な態度と武士然とした佇まいで、攻略対象なのに「王子」というよりは「殿」って感じだったのだ。

 すこし離れて、ぽん、とオーバーハンドでパスを上げる。

 鹿王院くんからも、ぽん、と返ってくる。


(うーん、上手。ゲームでも運動なんでも得意だったなぁ……確か、サッカー部のキャプテンになるんだっけ?)


 私のパスが乱れても、きっちりさばいてくれる。逆に彼のボールは吸い付くように私のところに返ってきた。

 ちょっと悔しい。これでも前世では中高とバレー部だったんだけどなぁ。


(……ちょっとだけ、からかってみようかな)


「あのねー、鹿王院くん」

「なんだ?」

「この手毬、敦子さんの手作りだから。落として汚したら超怒られるから、気をつけてね」

「……!!!?」


 見るからに動揺して、青い顔をしてボールをきっちりとキャッチした。


「そんなもので遊ぼうとするな……!」


 そう言う鹿王院くんの顔が面白くて、私はつい吹き出してしまった。


「あっは、はは、ごめん、嘘、嘘です。敦子さん私に割と甘々だからそんくらいで怒らないってー。あは、鹿王院くんめっちゃ動揺してる、あはは」


 お腹を抱えて笑い転げる私を、鹿王院くんは耳の先を赤くしてじっと見ていた。


(やば、睨まれてる?)


 えーそんな、こんくらいで、と思わないでもないが、これが原因で苦手意識を持たれることもあると思う。

 あまり嫌われると破滅ルート辿りそうで怖い。


「えっと、あの、怒っ……た?」


 怖くて思わず小さな声で尋ねる。

 ハッとしたように鹿王院くんは首をふった。


「いや」

「えっと、ごめんね」

「怒っていない。単に、その……あまり目つきが良くないものでな。見ているだけで勘違いされることがよくある。怖がらせたなら、こちらこそ申し訳ない」


 形の良い眉毛をややシュンとさせて、鹿王院くんは私の目を見た。


「嫌われてなくて良かった」


 思わず声を出して微笑むと、鹿王院くんは「嫌いなどしない」とひとこと言って、くるりと背を向けてしまった。


(えっほんとに? ほんとに嫌ってないのそんな態度で?)


 ほんとごめんってばー、と思いつつ声をかけてみる。


「え、鹿王院くんどこ行くの?」

「散歩だ」

「そうなの?」


 ついて行ってもいいものかな。

 ぼけっと立っていると、振り返られた。


「ロビーに大きな海水水槽があったぞ」


 見に行かないか、と声をかけられる。


「熱帯魚が綺麗だった」


 そう、訥々と言われる。


(お、)


 どうやら本当に嫌われてる訳じゃないっぽいです。

 そのまま、すこしは心を開いてくれたらしく、ポツポツと会話を交わしながら小一時間ほどホテル内をウロウロとした。

 後半には笑顔だって出ていたのだから、まぁそれなりに善戦したんじゃないかなと思う。

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