断罪の日(プロローグ)
(え、これってもしかして断罪シーン?)
桜舞う庭園(たかが一介の私立高校に、こんな大層な庭園が必要かどうかは、はなはだ疑問ではあるが)で、私は右手にお弁当の包み、左手に赤い水玉の水筒を持って立ち尽くしていた。
(ちょっとお弁当を、お花見しながら食べようと思っただけなのに)
まさかこんな事態になるなんて。
(高校三年生の春に、悪役令嬢は断罪されて、退学の上に家も勘当されちゃうってこと覚えてたはずなのに)
桜が満開になり、浮かれてお弁当片手に庭園まで来てみれば、このザマだ。
(うう、しまったわ)
前世の記憶が戻って約4年。
まさかの悪役令嬢に転生してしまった私は、それなりに努力して、自分にとって最悪のエンディングから逃れようとしてきた。
(それなのに、最後の最後でっ……)
アホか。バカなのか私は。
(必ずどっか抜けてるのよね、私は)
自分を責めつつ、目の前に広がる光景をただ眺める。
一面桜色の庭園、そこに立つ五人の存在。そしてなぜかいる、たくさんのギャラリー、というか、生徒たち。
「ふう」
私は小さく、息を吐いた。
ただでさえ大して覚えていなかった、薄れゆく乙女ゲームの記憶。
しかし、このシーンはよく覚えている。
悪役令嬢と、そして彼女と対峙する5人の人間。
ひとりは、もちろんヒロイン。柳眉を悲しげにひそめ、子犬のような瞳にはうるうると涙をためて。
そんな彼女を慰めるように、肩に手を置いているのは私の許嫁、のはずの少年だ。
(私たち、結構仲良くやってたじゃない)
それなりに……"一般的な恋愛関係"とは違うにしたって、少なくとも"友情"は育まれていたーー「特別なお友達」ではあった、はずだったのに。
シナリオ通りならば、この後彼はこう言うはずだ。ゲームであれば、こんな風な台詞を。
"華、そろそろ終わりにしよう"と。
そして、その隣に立つ金髪の少年がこう言うのだ、"いい加減嫌がらせするん止めて青花に謝れや"と。
一歩後ろに立つ、翠の瞳の少年はこう続ける。"姉さん、僕はあなたと暮らしてきて、何とか良いところを見つけようとしてきたけれど……無理でした。本当にあなたは最低の人間だ"
その横にいる白衣の男は、一呼吸置いた後に"君がしてきた数々の悪事は、すでに学園長に報告してあります"と静かに告げる、はずで。
そして戸惑うヒロインを庇うように、許嫁の少年がこう言うのだ。
"設楽華、お前は今日限りで退学処分とする!"
(いやいやいや、お前単なる生徒会長なだけやんけ、そんな権限ないっつーの)
首をブンブン振り、"ゲームの回想"から現実に戻る。でも、状況は似てる?
私は一人で立っていて、桜舞う数メートル先には、例の五人が。
(まぁ、ゲーム内の華は、お弁当なんか持ってなかったと思うけど)
悪役令嬢がお弁当包み片手に断罪じゃ締まらないわよねぇ、とちょっと思う。
……思うが仕方ない。持ってきちゃったのだ。
ギャラリーのように集まっていた生徒たちの、静かなさざめきの中から、様々な会話が聞こえて来る。
「女王陛下、どうしたの」
「さあ? あ、あれ生徒会長じゃん」
ちなみに女王陛下とは、私のあだ名だ。原作ゲームでもそう呼ばれていた。ゲームでの私は、学園長が親戚だというのを盾にやりたい放題した、ワガママお嬢様だったから。
そして、気づいたら私もまた、そう呼ばれるようになっていた。なぜだろう……。
(むしろ、私ってゲームの悪役令嬢とは正反対のハズじゃない!?)
校則どころか法律なんてなんのその、アタクシが法律よ! な原作の私と違い、今や私は品行方正、校則遵守の風紀委員長、風紀の鬼と呼ばれるまでになったのに……。
その上、時代に合わないような校則や慣習は自ら先頭きって改革してきたし、むしろ少しくらい感謝してくれてもいいじゃないの……。なぜに女王陛下呼ばわりよ。
いや、確かに風紀には厳しいけど。キツイ言い方とかもしちゃうかもしれないけど。
(やっぱり、悪役令嬢は破滅する運命なの?)
ふとヒロインに目をやると、苦しげに顔を覆ったはずの手の隙間から、ハッキリと笑った口端が見えた。
(……はぁ?)
その瞬間、何かがプツリと切れた。
(こ、こっちはずっとアンタからの謎の嫌がらせに耐えてきたのよ!? 私に階段から突き落とされただの、教科書破かれただのと嘘を並べて噂にして! どれだけ肩身が狭い思いをしたかっ……)
警察署に連行までされたのだ。
(さすがにあの傷はまだ癒えてないわよっ)
ブタ箱である。留置場にまで入れられたのである。クサイ飯なのである。美味しかったけど。
私はお弁当袋をぎゅっと握りしめ、つかつかとヒロインの方へ歩みを進めた。
(知らない知らない知らない、知るもんか、退学でも勘当でも好きにしたらいいっ)
私は唇を噛みしめる。
(平手だ。一発だけ、ぱしーんと殴ってやる)
そうしたら、何もしないままで終わるよりは、きっとスッキリするから。
そう、皆が私を「女王陛下」とよぶのならば、すなわち、ここは私の学園。私は女王なのだから、弱い姿など見せられない。
私は私の矜持にかけて、ヒロインに、そしてこのギャラリーたちに、強い私を見せつけて、そして去ってやる。
(立つ鳥、跡を濁してやるわよ、もうどろっどろに)
そう決めて、私は改めてヒロインを睨みつけた。
(負けるもんですか)
私は、負けないと決めたのだ。
4年前の、あの日から。
(運命になんて負けてたまるか)