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空島の終焉

【旧稿版】空島からの飛翔

作者: 織野 帆里

「お前、なんで鉱山で空気塊が取れるか考えたことある?」


 兄ちゃんが、汗のだらだら流れる額を拭って俺に笑いかけた。


「知らない、よ、そんなの……」


 俺は呆れて返事をした。

 全力でつるはしを振るうので言葉は途切れがちになる。空気塊の端っこがぷちっと泡のようになって、俺と兄ちゃんの作った針先ほどの穴から溢れ出す。おっと、と兄ちゃんが慌ててゴムの袋を取り出して、空気塊をその中に閉じ込めた。


「オレたちは飯として空気塊を食うだろ? それと同じで空島も飯を食って、そんで成長するんだよ」


「知ってるけど」

 そんなことも知らないほど俺はガキだと思われているのか?


「そんで、空気塊は遠ーい昔に空島が食ったものなんだよ。オレたちは空島の食ったものをさらに掘り出して食べてるワケだな。いわば二次消費者だ」


「は? 食うって、だって空気塊は初めから空島の中に埋まってた分しかないじゃん」


「そいつは違うな」


 兄ちゃんはにやりと笑った。ポケットから、携帯用の空気塊を取り出して口に放り込む。指先ほどの大きさの空気塊を、薄く伸ばした金属で包んだやつで、キャンディって呼ばれてる奴だ。


「いいか。空島はヒトよりずっとでかいイキモノだ」


 そう言って、中身のなくなったキャンディの包みをぽいっと捨てる。

 坑道の壁がそのゴミの周囲で音もなくうごめき、見る間にゴミを飲み込んだ。何度見てもぞっとする光景だ。アイツが来るから俺たちは坑道で座れない。ズボンに奴らの反応する成分が使われているからだ。


 飲み込まれたものは全て空島の栄養分として分解される。


 空島が生きていること、そして俺たちは空島に対してはるかに小さなイキモノであることなんて、当たり前すぎて、今さら兄ちゃんが言い出す理由が分からなかった。


 すると、俺の疑問を悟ったように、兄ちゃんが俺の肩をぽんぽんと叩いた。


「なあ、でかいってのは体積だけじゃないのさ」


 兄ちゃんは俺よりずっと背が高い。俺から見ると二倍くらい違う気がするんだけど、数字の上ではだいたいプラス20パーセントくらい。


「じゃあ、なに?」


「時間的にでかいってことさ。空島は俺たちよりずーっと長生きなんだよ」

 

 ずっとってどれくらい? って聞いたら、そいつは知らないな、と兄ちゃんが笑ったので、俺は愛想を尽かして空気塊を掘り出す作業に戻った。空島の寿命なんてどうでもいい、俺にとっては空気塊をひとつでも多く集める方がよっぽど大切だ。無駄話をしてる時間なんてないのに、なんでこいつ、そんなに呑気なんだろう。

 そう思いながら、少し空島のことを羨ましく思った。


 俺たちが暮らす、このでっかい、生きているカタマリには終末もないのかな。

 きっとないんだろうな。いいなあ。


 ああ、あと20年で死んじゃうのかもしれないのならさ、どうしてヒトを生み出したんだ、空島?


 ***


 兄ちゃんは、これでもめちゃくちゃ頭の良い人で、研究所ってとこで仕事をしている。


 その研究所が昔、【空島の終末について】という発表をした。

 俺でも分かるように兄ちゃんが説明してくれたのは、今から20年前後で空島はヒトの居住には適さなくなるだろう、ってことだった。


「ヒトが住めなくなる? なんでさ」


 俺は信じられなくて笑いとばした。

 ていうか実は、今でもそこまで信じていない。それでも兄ちゃんが言うとおり、終末に備えて空気塊を集めているんだから、自分は流されやすいなあと思う。


 そろそろ出るぞ、と兄ちゃんが言うので俺たちは坑道を抜け出した。


 すでに地面がだいぶ傾いている。

 空島はエーテルの充満した広い広い空間に浮かんでいる、巨大な島だ。ただ、兄ちゃんの、そして大人達の言うことには、ただ浮かんでいるわけじゃなくて、回転しながらゆっくりと沈んでいっているらしい。


「ほら、天井と床が入れ替わるだろ? あれは、重力って奴の仕業だ」


 よく分からないが、重力っていうのはさしもの空島も逆らえないほどの強い力で、それのせいでゆっくりと空島は沈んでいってるらしい。


「要するにな、空島はもっとでかい何かに引っ張られてるんだ」


「何かって?」


「んー、まあ、それを調べるのがオレたちの仕事だな」


 誤魔化された、と思った。

 俺はつまらないので、不満を隠さず顔に出した。兄ちゃんはごめんなと笑った。


「じゃあ、これでお詫びになるか分かんねーけどさ、面白いモノ見せてやるよ」


 これ着とけ、と言ってハーネスを投げてよこす。

 俺が言われるままハーネスを着用すると、兄ちゃんはリュックをごそごそやって何かを取り出し、柵の根元にしゃがみ込んだ。かちゃかちゃと金属の音が聞こえる。


「ねえ、そろそろ帰らないと夜になる」

 俺は心配になって、何かを組み立てている兄ちゃんに声を掛けた。


「大丈夫。今夜はちょっと冒険だ」


 そう言っているうちにも地面がどんどん傾いていく。俺はまっすぐ立っていられなくなって、柵につかまった。


 空島は自転している。

 だから、同じ場所にずっと立っているとだんだん地面が傾き、そのうち滑り落ちてしまう。

 空島の下半球は影になって光が届かないから、薄暗くなり、その時間帯を俺たちは夜と呼ぶ。


 ヒトは、空島の上のてっぺんに留まるか、下半球にいるなら空島の字面に固定された家に入らないとエーテルの海に落っこちてしまうのだ。


 傾きがきつくなりすぎると、移動もままならなくなってしまう。

 だから、地面が傾きすぎる前に、俺たちは住処に戻らないといけないのだ、なのに。


 俺はイライラして兄ちゃんの後ろ姿に声を掛けた。

「おいっ、いい加減にしろよ――」


「よし、出来た」


 俺の声を遮って兄ちゃんが満足げに振り返った。すでに俺は、柵に寄りかかるというか、柵に寝そべるような姿勢になっていた。地面の傾きは六十度くらいか。

 兄ちゃんが俺の着たハーネスと、柵を長くて丈夫なロープみたいなもので繋いだ。自分にも同じようにロープを繋ぐ。


 その意図するところが分かって、俺は笑顔がこぼれるのを堪えられなくなった。


 ***


 暫く待つと、俺たちはエーテルの海のなかに浮かんだ。


 空島が自転して、俺たちのいる場所が空島の真下まで来たのだ。ハーネスが足に食い込むけど、その圧迫感も気にならないくらい楽しかった。


 一面がぼんやり、青く光っている。それは、とても綺麗な光景だった。


「うわ、すげえ! 浮いてる!」


 不機嫌だったのをすっかり忘れて叫んだ。

 隣で兄ちゃんが、だろ、と言ってにやりと笑った。


「なあ、見せたかったのってコレのこと?」


「そうだなあ」兄ちゃんはちょっと考える顔をした。

 それから、下の方を指さす。一面のエーテルの海に、人差し指がまっすぐ伸びている。


「あれ見えるか。あの辺り……わずかに色が違うだろ」


「あれ? 本当だ」


 俺は目を凝らして、兄ちゃんの指さす先を見た。青いエーテルの海に、ぽっかり穴が空いたみたいなところがある。周りと明らかに色が違うのだ。


 あれは何、と俺は子供らしく素直に聞く。

 そう問われた兄ちゃんの横顔は、周りの青色が映り込んで不思議な表情に見えた。


「あれが、アクアの海との圏界面だ。空島は、あそこを目掛けてゆっくりと落ちている」


 兄ちゃんの口から出たのは、20年後に俺たちヒトを殺すだろうと言われている、猛毒を持つ物質の名前だった。

 急に体温が冷めるような感じがして、俺は黙り込む。


「おいおい、そんなに落ち込むなよ」


「ねえ……兄ちゃん悪趣味だろ。俺がアレ見て機嫌直すと思ったのかよ」


「おお。そうなるのか」

 兄ちゃんは苦笑した。体勢を変えるとカラビナがかちかちと音を立てる。


「でもさ、浪漫ってやつがないか? オレたちはでっかい空島の上に生きてるけどさ、それよりさらにでっかい世界がエーテルの海の向こうには広がってるんだ。世界はもっともっと広かったんだ」


 兄ちゃんのはずむ声とは対照的に、俺は溜め息を吐いた。

 研究所にいるのはこういう奴ばっかだ。空気塊より浪漫ってやつを食って生きてる。


「それが俺らを殺すんじゃなければさ、また話が違うけど……俺はそんな考え方できないよ」


 物心ついたときからずっと、世界は終末に備えるための案を練っていた。だが、猛毒であるアクアの中に空島ごと沈んでしまって、それでどう助かろうと言うのか。

 結局それらしい結論は出なくて、ヒト達はとりあえず食料である空気塊を集めている。兄ちゃんも同じで、毎日のように空気塊を集めている。俺も、幼いとき兄ちゃんに拾われてからずっと、空気塊の採集に付き合わされた。


 でも、ヒトは皆、何となく分かってる。助かるわけがないって。

 兄ちゃんが、そうか、と静かな声で呟いた。


「なるほどな。まあ、お前に特別で教えてやるけどさ……オレ、生き残る方法知ってるんだ」


「マジ?」


 俺は思わず兄ちゃんの言葉に食いついた。

 言ってしまってから、今のはちょっとカッコ悪かったんじゃないかと反省する。


「そう。空気塊を集めてるのも、実を言えばその為さ。食料じゃなくてね」


 どういうことだ、と聞こうと思ったけれど、何でもかんでも聞きっぱなしというのはつまらないので、少し自分で考えてみた。

 だけど、どれだけ考えても助かる方法なんて分からない。

 唸りながら考えるうちに、だんだん眠くなってきて、俺は青く光る夜の中で眠りに落ちていた。


 ***


 気がつくと、地面に横になっていた。

 空島の昼が始まっていた。隣で空気塊を食っていた兄ちゃんが、もう外して良いよ、と言うので慌ててハーネスを脱ぐ。


 住処にしている小屋に向かって戻る。

 俺は歩きながら、ぼんやりした頭でエーテルの海を見上げた。


「一晩考えたけど、分かんねえよ、助かる方法なんて」


「一晩って、お前寝てただろ」

 兄ちゃんが笑いを零す。俺は痛いところを突かれて口を尖らせた。


「ていうか大体さあ、知ってるなら早く研究所とかで仕事してくれよ。そんでヒトを救ってよ。それが分かんなくて皆悩んでんだろ」

 悔しくて俺は早口でまくし立てる。


 はは、と兄ちゃんが笑った。


「教えるのは特別だって言っただろ? 俺の方法は、ヒト全員を救える方法じゃないからさ、だから黙ってんだ」


「はあ?」

 俺は目を剥いた。「自分だけ助かるつもりかよ、兄ちゃん」


 俺の糾弾にも、兄ちゃんは飄々とした顔をしていた。

「ヒトが全員滅びるのと、一人だけ生き残るなら、どっちがまだマシだと思う?」


「……それは、確かに、一人でも助かった方が良いのかもしれないけどさ」


「まあ、そんなに綺麗に割り切れないのは分かるよ。それでもオレは空島と心中するつもりはないし、だけど同時に全てのヒトを救えないのも知ってるんだ」


「なんで」


「大量の空気塊が必要だからだ。そして、空島をぜんぶ掘り返しても全員分の空気塊は、多分ない……」


 いつも通り、背丈ほどの崖を滑り落ちて住処に辿りつく。

 昨日からの疲れが溜まっていて、はやく小屋で休みたいなと思った。


 だが兄ちゃんは、いつもと違って小屋の裏に回り、これを見ろ、と言って指さす。


 小高い丘みたいなものが、そこにあった。それが何なのか分かって、俺は目を見開いた。

「これ、空気塊……」


 小屋の裏手には、いつの間にか、大量の空気塊が小分けにされて保存されていた。

 ビニールの袋にパンパンに詰められた空気塊が、飛んでいかないように地面に固定されていて、昨晩エーテルの海にぶら下がっていた、俺たちを少し思い出した。


「これと、今日取ってきたぶんを合わせれば……理論上、オレとお前は助かる」


「まさか」嫌な予感がして俺は兄ちゃんの顔を見た。


「こいつで浮いて、空島を脱出する。空気はエーテルより密度が小さいから、十分な量集めればオレたちの身体だって浮かせることができる。それに空気塊は食料にもなるから一石二鳥だな、こいつらを連れてエーテルの海の冒険だ! どうだ、お前も来ないか?」


 ――これだから浪漫主義者は。

 兄ちゃんは目を煌めかせているが、俺には冗談のようにしか思えなかった。


「いやいやいや……」どこから聞いて良いのか分からず、俺は頭を抱える。「冗談だろ」


「冗談ならこんな大袈裟なこと、しないさ。集めるのに何年もかかったんだ」

 兄ちゃんは真面目くさった顔で言う。昨日、採集してきた空気塊をビニールの袋に移し替えて、保管されていた大量の空気塊と一緒に地面に固定する。


「空気塊は貴重品だから、こんなに大量に保管していることがバレれば全ての計画がパーだ。出来れば今すぐに行動に移したいが、お前は迷ってるのか?」


「だって……それ、空島を捨てるって言ってるんだぞ」

 言いながら、涙が出てきた。慌てて拭うが、後から後から零れてくる涙はどうしようもなかった。


「良いのかよ。色んな人がいるのに、二度と会えないって、空島の景色も二度と見えないってさ……」


「さっきも言ったが、全てのヒトが滅びるよりは俺ひとりでも生きた方が良いという判断だ」


「でも、エーテルの海を飛んでそれから何処に行くんだよ!」

 我を忘れて俺は叫んだ。「何も無いじゃないか、それこそ、死にに行くようなモノじゃないか……」


 はるか高みに、ただ飛んでいく兄ちゃんの姿を想像した。その行き着く先はどこにもなくて、空気塊を少しずつ消費しつつ虚無をただ飛んでいく、その姿は果てしなく孤独だ。だけど、そんな状況になっても兄ちゃんは笑顔で浪漫を楽しむのだろう。

 それが簡単に想像できるのが、また哀しかった。


「行かないでよ」


 声が掠れて、喉にいやな痛みが走った。咳き込む俺を見て、兄ちゃんは優しい声で大丈夫か、と聞いた。心配するとこが違うんだよ、俺なんかよりずっと、兄ちゃんの方が心配だ。


「エーテルの海に旅立つとはいっても、展望はある」


 兄ちゃんが静かな声で話し出した。


「昨日見たように、空島の下方にはアクアの海との圏界面がある。ならば、はるか上方にも別の圏界面があるのではないかと、オレはそれを見込んでいるんだな」


 兄ちゃんが上を見上げる。もちろん、圏界面なんて見えない。

 だが、兄ちゃんにはまるでそれが見えているかのように、輝く目をしていた。


「空島はイキモノだ。周りのモノを食べて成長する……今は、奴らの食料はエーテルだ。だが、地下を掘れば空気塊が出てくる、これは何を意味すると思う?」


「……上には空気の海があるって、そう言うつもりかよ」


「察しが良いね。流石だ……それに、また別の空島に巡り会える可能性もある」


「でも、ぜんぶ、推測じゃんか……」


 俺の声にはもはや覇気がなかった。

 どうがんばっても、俺には兄ちゃんを止められない。やると言ったら聞かない人なんだ。


 俺は俯いて、兄ちゃんから視線を外した。


「……好きにしてよ。俺は行かないからさ、今までアリガト」


「そうか」

 兄ちゃんはちょっと、哀しそうな顔をした。「お前がいれば話し相手に欠かないと思ったんだけどな」


 暇つぶしの道具かよ。俺はふてくされて、庭に座り込む。

 何より、空島を抜け出すなんて、そんな大きなことを勝手に進めていたことが腹立たしかった。


 兄ちゃんにとっては大したことじゃないのかもしれないのけどさ。


 そして、俺は気づいた。

 俺は、空島も兄ちゃんも、どっちも近くにあって欲しかったんだと。


 昨日まではずっとそうだった。明日からもずっと、そうだと思っていたのにな。


「まあ、もう止めらんないよね、兄ちゃんは……そういう人だもんな」


 はは、と乾いた笑いが出た。


「そうだな、オレは冒険が好きで、死ぬのが嫌で、空島と、それから弟分のお前が好きだ」


 カチャカチャと音がした。

 兄ちゃんが、自分の身体と空気塊を結びつけているのだろう。本当に今すぐ、エーテルの海に旅立つつもりなのだと、そう分かって視界が暗くなる。


「最後に聞くけど……お前は、来ないのか?」


「行かないよ」


 半ば意地のようなものだったけど、俺は首を振った。


「俺は空島を捨てない」


 兄ちゃんの身体はすでに浮かんでいて、細いロープ一本でかろうじて地面に繋ぎ止められている状態だった。俺の言葉を聞いて、兄ちゃんがそうか、と答える。


「……あ、しまった」

 兄ちゃんが背中の方に手を回して、何かをしようともがいている。


「背中の側に固定してしまった。悪いけど、お前、ロープを切ってくれないか」


 分かったと呟いて、俺はナイフを出す。

 一回では切れず、少しずつ切断していく。

 ぷちぷちと音を立ててロープの繊維が切れていくのを見ると、また肩が震え、涙が零れだした。


「……お前のぶんの空気塊、残ってるから。気が変わったら来い」

 兄ちゃんが俺に声を掛けた。

 俺が泣いているのが、やっぱり行きたいからだとか、そんなことを思っているのだろうか。


 俺はロープを切って、それから兄ちゃんのハーネスに繋がってるほうのロープを手放した。

 それは、俺が想像していたより軽い感触で、するりと手の中を抜けていった。


 見る見る遠ざかっていく、兄ちゃんが俺に向かって叫んだ。


「なあ、お前も頑張れよ! 生きてまた会おう!」


 随分小さくなっても、兄ちゃんが笑顔のままなことが分かって、俺はたまらなく悔しくなった。


 上に向かって叫ぶ。


「何だよ、頑張れって! どうせ、空島は沈むんだよ……!」


 それでも、空島を捨てた兄ちゃんほど、俺にはやっぱり勇気がなかった。

 不甲斐なさと、ひどい劣等感と、どうしようもない寂しさが爆発して溢れ出す。


「ばかやろう、くそ兄貴、二度と帰ってくんなっ」


 泣きながら俺は叫んでいるのに、上から降ってくる声はずっと笑い声で、そしてやがて青色に霞み、ついに見えなくなった。

 翼はそこにあったのに、飛べなかった俺と兄ちゃんの違いは結局、何だったのだろう。


 オトナとコドモの違いなのか?

 兄ちゃんが賢くて、俺がバカだから?


 結局、俺と兄ちゃんが汗をかいてかき集めた空気塊は人々に見つかってしまって、取り上げられた。


 空気塊がエーテルの海に飛び立つ道具であることも気づかずに、食料として己の身体に取り込み続け、消費し続けるヒトたちの愚かさを内心笑いながら、ではあの日兄ちゃんと共に飛び立たなかった俺は何なのだろう、と時折嫌になるのだ。


 アクアの海は年々近づき、ヒトは少しずつ秩序を失い、俺は大人になっていく。

 あの日みたいな助け船は二度とやってこなくて、空島は終末に飲み込まれていく。

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