照亀の店
またもや目の前の景色が揺らぎ、足もとがぐにゃりと反転すればバランスを保てずに尻もちをついてしまう。
「やっぱり、思ったところに出られる」
とても便利だが感覚に慣れないと、何度も尻もちをつくのでお尻が持たない。
行き先に思い描いたのは寅次の魚屋だった。
そこから急いで市場に戻る。
『嬢ちゃん、探したで』
紅実子に気がつくと、寅次が焦った様子で声をかけた。
「どこに行ってたんや。急に消えんといてや」
鈴にも叱られたが、不可抗力だったし仕方がない。
「紅実ちゃんが、かき消えたみたいに見えて…」
青い顔をした八坂くんが息を切らしている。
きっと探し回っていたのだろう。
何だか八坂くんの顔が直視できず、うつむいた。
「ごめんなさい。山羊を連れて屋敷まで戻れたらいいな、って思ったんです。そうしたら本当に屋敷の前にいて」
『詳しい話は戻ったら聞くわ。ほら、あとの店が帰ってしまうで』
寅次は察したように促すと、店を指差す。
薬屋、照亀はバンダナを巻いた長髪のお兄さんが店番をしていた。
『いらっしゃい、何をお求めで?』
「えっと、常備薬とか。あ、これは何ですか」
『これは水中息と言って水の中で息が続く薬。泳げない人には必須だよ』
しまった。常備する薬からして、常識が異なっている。
「おなかが痛いときとか、風邪を引いた時に飲む薬は」
『解毒の薬なら、効き目が早いのが緑の小瓶。風邪というのは聞いたことがないけれど、どんな症状だい?』
そうか、こちらの世界に風邪という概念がないのか。
「喉が痛かったり、鼻水が出たりします」
『ああ、それなら薬よりも療法だね』
照亀の店主は桃貴という名前の玄武であった。
カムナギ国の中央に位置する、因幡の街に籍を置く薬の大店の末弟だが修行のために薬を煎じながら旅をしているらしい。
「兄弟が多いんですか?」
『八人いるよ』
八人兄弟か、いまの時代ではなかなか見かけない。
結局、照亀では黒糖と水中息を四粒交換してもらった。精霊の丘へ行く為に、水上歩行ができなければ河童に手を引いてもらって泳がねばならない。
「あと豊瓶だけ見て帰ります。こちらの食事文化はまた違うようですし」
そう言うと一際彩り豊かな一角へと足を進めた。
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