虎の威を借る
あれから寅次と調理法について話をしているうちに、桂兎が飽きて先に屋敷へ戻ってしまった。
その後を急いで追いかけると屋敷まで一時間と少しでたどり着くことが分かった。
土門に報酬を渡して、赤槌の息子のこともかろうじて忘れずに相談することが出来た。
魚屋を見つけた喜びで、忘れそうになっていたが土門の顔を見て思い出した。危なかったな。
それにしても新鮮なお魚が買えると分かって、心が浮き立つ。もっと近ければ毎日でも買いに行くのに。
そうだ、確か裏に置きっぱなしにしていた自転車があった。あれは修理すれば乗れたはず。
うきうきと裏口の戸を開けて外に出ると、息が止まるかと思うほど驚いた。
生け垣の向こうにお化け…もとい、やつれた尾上の姿があった。
尾上はこちらには気が付かず、庭先で何かに呼びかけている。赤槌を探しているのだろうか。
「尾上さん、今晩は」
「あっ、すみません。怪しいものでは…」
説得力のない姿だ。
思い切って話を切り出す。
「赤槌さんにご用ですか?」
少し戸惑いを見せたが尾上は察したのか、肩を落としてぽつぽつと話を始めた。
「ええ、きっと理由もご存知でしょう。お恥ずかしい話です。しかし、あれから少しずつ。歯車が噛み合わなくなっていって、従業員…他の土小人や妖精たちからの無言の圧力と申しますか」
どうやら尾上の店は、土小人と妖精たちで切り盛りしていた。
それが私に姿を見られたかも知れないと話をした赤槌に、契約外のスパイ行為をさせたことで他の働き手たちから非難の眼差しを受けているらしい。
そこから、少しずつ店の回転率や評判が落ちていき客離れが深刻になってきているのだとか。
正直、同情の余地はないが尾上の店が無くなれば、出稼ぎに来ている者たちの働く場所が一つ減るのだ。
「私の交換条件を飲んでいただければ、赤槌さんと同等のガーデナーをご紹介しますよ」
その言葉に尾上は眉根を寄せた。
「条件とは?」
私は大きく息を吸い込むと、条件を三つ提示した。
現在カムナギで河童たちが育てている野菜の一部を買い取ること。野菜は余剰を見て作っているので河童たちの食べる分は問題ないが、収穫が始まったらの話。尾上が道の駅で野菜を買っているのを見て思いついたのだ。
もう一つは赤槌をスパイに使ったことや、捨て駒のように扱ったことを赤槌に謝罪して今後二度と同じ事をしないと誓うこと。これらには、私の【誓約】を使う。妖怪相手に使えるのかは知らないが。
最後は美砂ちゃんに付き纏わないこと。
彼女は私の血縁でもないし【誓約】をかけただけで、鏡守の血筋ではないのだから。
「以上を【誓約】とします」
「承知しました」
尾上はふらっとひざまずくと頭を下げた。
バチバチっと音がして、尾上の首に静電気の様な光が青白く走る。どうやら上手くいったらしい。
「一つお伺いしたいのですが」
尾上は顔を上げるとこちらを見据えた。
「何ですか」
「なぜ、ご自身が鏡守りだと私に教えるような真似を?」
尾上の顔にはいつもの貼り付けた笑みはなく、刺すような鋭い眼差しだった。
「鈴さんは誤魔化しとけって言いますけど、嘘を付き続けるのは疲れますから。それに」
髪をかきあげる。
「これ“倶利伽羅”ですよね。私は簡単に呪いが掛からないと聞きました」
「なるほど」
くくっと苦笑いをすると、尾上は見たことのない穏やかな笑みを浮かべた。
「長らく鏡守の血脈にこだわり過ぎて、疲れていたところです。最近では生きる手段として作ったはずの店が、生き甲斐だと感じるようになってしまいました。それが壊れかけただけで、こんなに動揺するとは。嫁取りも潮時だったのでしょう」
二の句が継げないでいると、尾上は言った。
「あの方は美砂さんと言うのですね。今回は私にしては心が動いていたようです。誓約は守りますのでご安心を」
そう続けると、夜の帳の中を狐火がふわりふわりと飛んで消えた。
本日あと一話更新予定です。




