魚屋
鈴の下げたカゴには、見覚えのある魚が三匹ほど入っていた。
「これはアジ、こっちはイサキとメバルや」
新鮮な魚だ。そりゃ水平線が見えるんだから、魚もとれるだろう。
「私も魚を買えますか?」
昨日の夜に食べた冷凍の干物はやはり美味しくなかった。ここで買えるならきっと魚も新鮮で美味しいものが手に入るはずだ。
「なんや、魚が好きなんか。寅はウチの知り合いやから紹介したるわ」
嬉々として魚屋に向かう途中、大事なことに気がついた。
「そう言えば、ここの通貨を持ってないです」
「ああ、かまへん。何かと交換しはったらええわ」
交換できそうなものといえば、多めに持ってきた金柑の甘露煮だけだ。
これで魚と換えてもらえるか不安だが、一番小さなものでも構わないので交渉してみよう。
遠目からは見えなかったが、魚屋の奥には大きなカツオのような魚も並んでいた。日本で見た事のある魚もいれば、鋭い牙のある大きな魚もいる。
魚はすべて丸ごと売っているようだった。
軒先の魚を見ていると良く日焼けした短髪の男が話しかけて来た。
『よぉ、鈴ちゃん。忘れ物か?』
「そこで知り合いに案内頼まれたんや。紹介するわ、幸人の孫の紅実子や」
短髪の男が目を見開いてこちらを見る。
『幸人、孫おったんか!紅実子さん、よろしゅうに。俺は寅次いうて、趣味が高じて魚屋やっとる猫又や』
「宜しくお願いします。笹木 紅実子です。あの、私もお魚が欲しいのですが、これと交換だとどんなお魚が買えますか?」
寅次は渡された金柑の甘露煮を手にとって眺めた。
『中に入っているのは、金柑やな?』
「金柑を砂糖で煮たもので、喉にも良いです」
『砂糖、いうとあの黒いやつか?』
「それは黒糖ですね、これは三温糖といってそれよりクセの少ない砂糖です。良かったら味見してみて下さい」
『ほな少し…』
瓶を開けると寅次は金柑をひと粒とって口に放り込む。
『うまっ!そのまんま金柑食べるより、うまいわ。売れるで、これ』
「寅。茶化しとらんと、ちゃんとしたってや」
鈴が横目でじろりと睨む。
『分かっとるわ。このお嬢さんがあんまりにも疎いさかい』
何か不味いことをしただろうか。鈴と寅次を交互に見た。
『あんな、ここに来てまだ日が浅いんかも知れんが砂糖は高級品なんやで。鏡守の方々は代々、この国にないもんを持ち込みはる。それをチェックするんは、この八俣町の役目やってん。下手に他所の国に目ぇつけられたら面倒やしな。でもそれも十年前までの話や』
寅次はきまり悪そうに頭を掻いた。
『幸人が、自分の代で鏡守は終わる言うてたからな』
遅くなってすみません。今日も、お読みいただきありがとうございます。




