それぞれの道
「お庭も随分きれいになったのね。畑もまた始めてくれたようで、嬉しいわ。荒れてるのを見るのは辛かったの」
大叔母はお茶で一息つくと、家の中を見渡し外へ視線をやる。
庭に植わった紅かなめの陰で、赤槌がビクッと身を竦めたのを見てしまった。
「思ったよりも改修の進みが早いですよ。これなら皆の就活の頃には一段落つきそうです」
永島先生はいつの間にか、大叔母の差し向かいでお茶を飲んでいる。
やはりそうか、みんな就活が始まるんだ。
「皆さん優秀な学生さんですのね。先生がしっかりされてるのね、きっと。でも忙しくなられたら」
ふふっと大叔母が笑うと、気を良くした永島先生が続けた。
「いやいや、うちのゼミの子は大体進路も決まっていますし、進級試験も二級試験も受かると思っていますから。寸前までこき使って下さい」
機嫌よく笑う永島先生の背後から美砂ちゃんがメデューサの形相で睨んでいる。
「…先生。そういうプレッシャーはかけないで下さい」
美砂ちゃんのピリピリとした空気は珍しい。
「あいつ結構小心者だからね」
後ろでこっそり鹿島くんが囁く。
「誰でも緊張しますよ。皆さんに会えなくなるのは寂しいですけど、しっかり集中してもらわないと!」
「勉強ばかりじゃ気が塞ぐから、ここに息抜きしに来ようかな」
美砂ちゃんがしなだれかかって言った。
「僕も息抜きしに来たいな。あと紅実ちゃんの手料理も食べたいし」
鹿島くんも便乗する。
「いつでもどうぞ。私も就活頑張らないとですが」
あ、しまった。自分で傷口をえぐってしまった。
無理やり笑ってはみたものの、場の空気が重い。
「ゆっくりで良いんじゃない?先に家の改築終わらせよう」
八坂くんが軽く肩をたたいて言うと、隣に座った。
また焦るところだった。まずは自分のやりたい事を見つけないと失敗するのに。ゆっくりはしていられないが、同じ轍を踏むことは避けたい。
「改築でお台所が使えないと思ってお弁当を作って来たのよ。一日早かったみたいだけど、良かったら召し上がって?」
大叔母はそう言うと、大きな風呂敷包みを解いて広げた。中には竹かごが七つ入っていた。
「力仕事だもの。おなかが空くと思って天むすも作ってみたの」
竹かごにはそれぞれ海老天、鶏天、イカ天と梅干しおにぎりが詰まっていた。
冷蔵庫から麦茶を出して、コップと一緒に運ぶ。
大叔母からもらったぬか床から、食べ頃になったキュウリとナスを取り出して小皿に並べた。
「ここのご飯は、なんだかホッとしますね」
永島先生は白い髭を撫で付けながら嬉しそうに言った。
「今日は大叔母のおかげで、手抜きさせてもらってます」
お茶とぬか漬けしか出していなかった。
「いいえ、空気が違いますよ。由紀子さんの作ったおにぎりに、紅実子さんの漬けたぬか漬けと麦茶。食べる人を思う、気持ちを感じます」
そんな事を言われたら照れる。しかし皆一様に納得した表情で頷いた。
「当たり前のことだけど、大事なことだよね」
美砂ちゃんはおにぎりをじっと見つめる。
「紅実ちゃんと結婚する人は、幸せだろうな」
鹿島くんはいつもの調子でからかい半分に言う。
「そうだな」
八坂くんが肯定したのは予想外だったらしく、誰も反応できなかった。
夜にも更新予定です。




