それぞれの事情
「ご覧のとおり、祖父の家を直しながら住んでいますが庭の方まで手が回らなくて。勿論、お支払できるお給与を相談させていただいた上でですけど。次のお仕事が見つかるまでの間でも良いです」
突然の申し出に土門と赤槌はぽかんと口を開けた。要らぬお節介と思われたかもしれないが、赤槌の創る庭の美しさを知っているので本心からだった。
『儂からしたら、渡りに船です。会長が許可を下さればですが』
赤槌は土門の表情をうかがった。
『紅実子様、庭というのは一朝一夕に出来るもんじゃありません。土をつくり基礎を作り、植物を育て風景と調和させていく。たとえ十年掛かったとしても対価を支払い続けられますか?』
十年か、その頃私は三十路を越えている。
将来がどうなるか分からないが私が生きている限り、この家に住むことを決めたのだ。
「私の生命が続く限り、この家に住むと決めています。毎月私にお支払できる額ならば、お願いします」
そして植物の知識を教えてもらおう。
知識を増やすことは、将来の選択肢を増やすことにも繋がるはずだ。
『紅実子様のお覚悟、受け止めました。対価契約につきましては赤槌と相談して決めてもらえば結構です』
土門さんが懐からそっと、白いハンカチのようなものを取り出すと目尻を拭う。ハンカチは総レースに見えた。
『紅実子様、どうぞ今日から宜しくお願い致します』
赤槌はテーブルの下で居住まいを正すと頭を下げる。
「こちらこそ宜しくお願いします。長期の契約は初めてなので対価についてご相談させて下さい。でもその前に夕飯の時間なので、一緒にお食事いかがですか?」
『かたじけない、ご相伴に預かります』
今日の夕飯は、手早く作りたかったので親子丼に決めた。
土鍋にお米を五合炊き、その間に鶏もも肉と玉ねぎを切ってお出汁と煮込む。
小さなフライパンに一人前ずつ取り分けてから、溶いた卵をふわりと混ぜて三つ葉をのせる。
出来上がる頃には鹿島くんも帰ってきた。
「ただいまぁ。あれ、オッサン増えてる」
土小人二人には、身長の都合から少し平らなお椀で出した。
『初めて食べました。目玉焼きより美味しいです』
『日本酒に合いそうですな』
土門は山椒の粉も気に入ったようだった。
ティースプーンを器用に使いあっという間に平らげていく。定期的に食事に訪れるなら、彼らの身長に合わせた机や食器を揃えなければ。
相談の結果、赤槌に支払う対価は現物支給となった。
毎月、米を五キロと畑で採れる野菜、酒一升瓶を一本。あとは時々夕飯を食べに来る。
それくらいならば、何とかなりそうだ。そうだ、河童が作る水田の範囲を増やしてもらって、お米を作ってもらおうか。
河童は精米機を使い、こちらから持っていった鍋でお米を炊くのも慣れたようだった。
畑も今のところ順調に育っているようだった。
思いを馳せていると、土門が小声でこっそりと話しかけてきた。
『紅実子様、赤槌のこと、有難うございます。あいつの家は子どもが生まれたとこで、露頭に迷わず済んで助かりました』
子ども…そうか家族がいたのか。
土小人の住む村も仕事がなく大変だと言っていた。思えば日常の慌ただしさに流されて、彼らのことも充分に知らない。
自分の仕事も考えなくてはならないが、知ってしまった以上土小人や河童たちの生活も放ってはおけない。私に出来ることは、何があるだろう。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
熱帯低気圧の湿り気でバテています。皆様も暑い日つづきですが、体調を崩されませんようご自愛ください。




