誓約の輪
天窓から差し込む昼の光に埃がきらきらと舞っていた。
そこに立つのは、人の形をした鈴さんだった。
「さ、お兄さん。ここを出る前に約束してもらう事がありますんや」
八坂くんは私をちらっと見たので、小声でさっきの猫だと告げた。
「一つ、ここの世界のことは鏡の向こうで喋らんこと、書いてもあきませんえ。二つ、紅実子と離れて勝手な行動はしないこと。三つ…」
鈴さんは少し思案して続けた。
「現し世に影響を及ぼすほどのものを、持ち出さんこと」
「…分かりました」
八坂くんが答えるやいなや、右手の小指が光った。薄く輪っかのような跡が残っている。
突然の出来事に、慌てて八坂くんの手を取った。
「なにこれ!鈴さん、何したんですか!?」
「これが【誓約】や。この世界へ連れてくる場合には必須やで。なぁに、約束やぶらんかったら何も起こらへん」
八坂くんが無表情に尋ねる。
「破ったら、どうなりますか」
「破ったら、ちょいと痛いかもなぁ」
鈴さんはいたずらな笑みを浮かべると、ぐるんっと回転して猫の姿に戻った。
『ああ、疲れたわ。これやるんも久々やしな。しばらくは猫の姿で昼寝してるさかい、用事があれば呼びや』
そう言ってスタスタと部屋を出ていく。
それを河童がパタパタと追っていく。鏡を越えても河童の姿は二歳児のままだった。
以前来たときには見渡す余裕もなかったが、玄関を出るとなだらかな山に囲まれた場所だった。
私たちが出てきた家、いや屋敷は未開の地にぽつんと建つドイツ風の洋館にみえる。
「どうやって建てたんだろう」
八坂くんは屋敷の周りを隈なく探索していた。
建築科の学生だから興味あるのだろう。
『こっちの道へ行くだ』
九太郎は久しぶりの故郷に嬉しさを隠せない様子だ。
案内されるまま林の中を歩いていると、足下の土は砂利へと変わり次第にゴツゴツとした岩場になる。
目の前には対岸が霞むほどの大きな河が現れた。水の流れがなければ、湖に見える。
河の途中には幾つもの小さな島が浮かんでいた。浮島にはひょろひょろとした木が猫の髭のように生え、葦で作られたであろう三角屋根の小屋が建っていた。
『…帰ってきただよ』
九太郎が呟いた。肩が小刻みに震えている。
その時、岸際の水が盛り上がったと思うと一匹の痩せた河童が九太郎に迫っていた。
『おめえ、九太か!』
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