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月夜の訪問者

『…か。紅実子、起きてんか』


月明かりが室内に猫のシルエットを映し出す。

「ん……ひっ!」


ちょっとしたホラーだ。

『失礼やね、やっと人が居らんなったから訪ねて来たってのに』

「ごめんなさい。そうだ私、相談しなきゃいけないことがあって…」

『ああ、一緒に来てた人やろ。かまへんで、人は(つがい)を求めるもんや』

なんの話だ。


「彼氏じゃないです…」

心臓がざわざわする。


『なんや、まだ付き合っとらんのか。まあええわ。いや、それなら銀狐に気をつけな…』

鈴さんは首を振りながら、ブツブツ言って考え事をしていた。

「あの…」

幸人(ゆきひと)が生きてた頃は、秘密を知ってる人間もいててん。【誓約】を結ばなあかんから、信頼した人間だけな。そもそも幸人の時代には、鏡を越えて人を連れて行けたことがない』


「連れて行くと何か支障が出るとか…」

体からすうっと血の気が引く。


『人を連れて渡れるかは、鏡守りの器に拠るんや』

「鏡守り、祖父のことですか?」

『あんたもや、代々この家に住み鏡を守る一族。幸人は自分で終わる言うてたが、紅実子が跡目を取るとはな』


跡目を取ったつもりはないのだが。


鈴さんは左手に視線をやると、ニヤリと笑った。

『その腕輪も受け取ったんやなぁ。【大和薬草集】は素直やし、認めたんやろ』


そういえば、そんな名前の本だった。面倒くさくて和ハーブ図鑑と読んでいた。

「この腕輪、取れなくなったんですけど」

『取られたら大変やから、着けときや。あ、そやそや!忘れるとこやった。今日来たんはキュウタロウに頼まれたんや』


「キュウタロウ…」

名前を呼ばれて、襖の影から出てきたのはこの前井戸に落ちてた河童だった。

『その節は危ないところを助けていただき、ありがとうございました。あれから恩返しをすべく物陰から見ておりましたら、先ごろ鈴様に見つかった次第でして…』


なぜか、河童を狩る鈴さんを想像してしまった。


鈴さんは咳払いをして河童を促した。

『はよ、本題に入りや』


『す、すんません。オラは元々こちらの世界の生まれじゃありやせん。鏡の向こう…カムナギの国と呼ばれるところで生まれたんだす』


カムナギの国、どこかで聞いたことがあった。


河童は続ける。

『オラがうつし国…こちらの世界へ渡れたんは適正があったんと、ひとえに鈴様のおかげだす』


河童の話を要約すると、私の祖父が家を継いだ頃に鈴さんの助けを借りて何名かの河童がこちらの世界へ来たらしい。


九太郎の親族が住む村は飢饉に襲われ口減らしと出稼ぎを兼ねて、こちらの世界で祖父の畑を手伝い食料を仕送りしていた。


しかし次第に祖父も衰え、鏡守りとして先が見え始めた時に沢山いた河童たちは戻れなくなることを危惧して帰っていったと言う。


九太郎(キュウタロウ)は祖父と共に骨を埋める覚悟で残ったが、河童の寿命は永く今に至る、という訳だった。


「帰りたい、ですか?」

『帰れるもんなら、帰りたい。故郷を忘れたこともないですだ。でも…今更どの面下げて帰るだか』


河童は握りしめた小さな手の甲に、大粒の涙をひと粒こぼした。

今日も、ありがとうございます。

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