井の中の蛙もどき
カエルもどきは間隔を開けて鳴いている。
いや、泣いている?
その間隔も少しずつ延びている。
もはや気分は仔猫レスキューだった。
美砂ちゃんと八坂くんは相変わらず熱心に相談をしていたので、気付かれないようこっそりと井戸へ向かった。
この家に昔からある井戸は、古典的なつるべ井戸だ。縄の先についた桶に野菜などを入れて冷したりできる反面、定期的に底をさらったりする必要がある。
「この井戸も、もう少し使い勝手良くできないかな。メンテナンスにも結構費用がかかるし」
井戸の前に着いたとき、カエルもどきの声はハッキリとしていた。
『たすけてけろ〜』
先日、竹藪へ走り去った緑色の生物が井戸の底で動けなくなっていた。
「どうしましたか、怪我はありませんか?」
美砂ちゃんたちに聞こえないように、控えめな声で尋ねる。
『え、ニンゲンだべ。おらの声が分かるだか』
河童は上を見上げると、脅えたように桶で頭を隠した。
『昨日の夜のことだ。ここの井戸ん中から好物の匂いがしてきてさ、腹減ってたもんでつい盗み食いしちまった。そしたら、井戸さ落ちて登れなくなっちまった。天罰だぁ』
それは、うっかりだと思う。
井戸の中にあった河童の好物?昨日はなにも冷した覚えもないし、心当たりがない。
しかし、このままにはしておけない。
「その桶に掴まれますか?ゆっくり引き上げますから、掴まっててくださいね」
反対側のロープを、ギュッと握っては手繰り寄せる。河童はなかなか重かった。
河童を乗せた桶が地上へ顔を出したとき、額に汗が浮いていた。
また落とさぬように、慎重に桶を井戸の縁に移動させる。
『ありがとごぜえます。この恩は必ず返しますだ』
河童は身長が八十センチほどのまるっとした、子どものような体型をしていた。
「紅実ちゃん〜?」
遠くで美砂ちゃんが探している。
「他の人が来ちゃうから、急いで隠れて」
河童は井戸の縁から飛び降りると、竹藪の中に再び走り去って行った。
「あつ…汗かいちゃった。着替える時間はあるかな」
振り向くと、いつから立っていたのか八坂くんがいた。
気配がなかった。暑かったはずなのに一転して血の気が引いていく。
「鹿島が車で戻ってきたから、骨董市行くって」
何事もなかったかのように、それを告げると戻っていった。
見られたのか。確認して、うっかり藪蛇なんてこともある。
しばらくは様子見しなければ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




