遭遇の確率
翌朝は快晴だった。
張り切ってアラームを早く設定したが、起きたのは一番遅く設定した七時半だった。
「取りあえず買い物に行かないと」
冷蔵庫がないのが不便だ。
「安くてもいいから小さな冷蔵庫を買おうかな。ネットで買えるのかな。あ、でも冷蔵庫が小さいと買い物が大変なのは変わらないか」
車の免許は持っていないので、買い物は片道徒歩十五分のスーパーに行くことになる。
メモとサイフを持って裏口にまわった。祖父の乗っていた自転車があったはずだ。
「まだ使えるかな。さすがに空気は抜けてるけど」
隣に置いてあった空気入れを取り付けてみた。
数回空気を流し込んでみるも、空気の漏れる音がしている。
「無理か。片道だけでも楽できると思ったのに」
この家からスーパーへは、緩い傾斜になっていた。
下り道ならば漕がずに行くことができる。
だが帰りは押して歩くことになる。
「車の免許取ろうかな。ここで暮らすなら必要だよね」
観念して徒歩でスーパーへ向かう。
生活用品を揃えるにも、車があった方が楽なのは間違いない。
「でも運動音痴なんだよね。免許証取れるのかな」
今まで気にしたことがなかった、鈍さを悔やんだ。
スーパーで目的の物を買うと、帰りの道程を思って足が重くなる。
とぼとぼスーパーを出て駐車場にさしかかると、ふと視線を感じた。振り返ると視線の主を見つけた。
「おはようございます。今日も宜しくお願いします」
なんでこんな時間にここで会うんだろう。
「おはようございます」
八坂くんは短く挨拶を返した。まだこっちを見ている。
これから家に向かうのだろうか?それにしては早すぎないかと思案しつつ、にこやかに一礼してそそくさとその場を離れた。
びっくりした。まさかスーパーで出会うとは。
坂道をずんずん歩いていると、背後から人の気配がする。
少し歩く速度を落として振り返ると、やっぱり八坂くんが同じ方向へ歩いている。
「あの…荷物、手伝いましょうか」
八坂くんの突然の申し出に戸惑う。気を遣わせてしまったのか。
「ありがとうございます。でも家にもうすぐ着きますから、大丈夫ですよ」
あっ、ここはお願いするのが正解だったか。
折角の親切を無下にしてしまった。何かフォローをしなくては。
「やっぱり重そうなので持ちます」
そう言うと、私の持っていた荷物を軽々と持って先へ歩いて行ってしまった。
「ありがとう…ございます」
急いで坂道を駆け上がる。普段の運動不足が祟って、すぐに息がきれた。情けない。
家に着いて庭を抜けると、鈴さんが玄関の軒先で寝そべっていた。
「あ、昨日の猫。この家の猫ですか?」
飼っている訳ではない。そもそも、野良猫だと思ってたが普通の猫ではないので返答に困る。
「よく遊びに来るんですよ」
何とか返事を取ってつけると、鈴さんに鼻先で笑われた気がした。
「可愛いですね」
『ふふ、あんたの方が可愛いえ。まァでも悪い気せぇへんから遊んだげよか』
八坂くんが慣れた手つきで撫でると、猫がゴロゴロと喉を鳴らした。
…え、八坂くんの前で話した。
猫は青褪めた私の顔を見て、思い至ったのかニヤッと笑う。
『ウチの声が解るのは、紅実ちゃんだけや』
そう言えば昨日、本棚の部屋で言葉が解って驚かれたような。
鈴さんに聞きそびれた【鳥獣耳】の意味がわかった気がした。
いつも、お読みいただきありがとうございます。
アクセス数と評価とブクマが気になって、チラチラと見てしまいます。




