銀の佳人
猫が喋った。
いや、猫の声が翻訳されたと言ったほうが近い。
呆然と立ち尽くしていると、今度は猫が目を見開いて続けた。
『あら、驚いた。もう【鳥獣耳】が使えるなんて。ウチの声が聞こえてるんやね。なんや、ここで騒いで部屋を見つけてもらおと思ってたのに』
こてこての関西弁を猫が喋ってる。
祖父の日記で読んだ猫の話みたいだ。ん?もしかして。
「鈴…さんですか?」
うっかり話しかけてしまった。
猫はにぃっと笑って答えた。
『日記も読んだんやね』
「お祖父ちゃんの日記に書かれていた事は、本当だったのね。全然、気が付かなかった」
入退院を繰り返しても家に戻りたかったのは、彼らの為か。いつから彼らと知り合ったのか分からないが…こんな山の中だけど、おかげで祖父は寂しくなかったかも知れない。
『この家を建て替えるん?』
唐突に鈴さんが訊ねた。
「いいえ、老朽箇所を直してもらったり水回りを使いやすくするだけです」
『それなら、ええんよ。この隠し部屋は、大っぴらにしたらあかんからね』
「ここに本を隠しているんですか?一部は外に出てましたけど」
私の部屋に持ち帰ってしまったし、結局戻したが。
鈴さんはふっとため息をつくと、立ち上がってドアに向かった。
『ここの本も大事やけどね。秘密にしたいんは鏡や』
鈴さんは器用にドアを前脚で開けると、四畳半の部屋へ入っていった。後を追いかけると、姿見の前で此方に向かって座っている。
さっきも思ったがかなり大きい姿見だ。私の背をゆうに超えているので、百八十センチはあるかもしれない。
『触ってみ』
言われるまま姿見に手を伸ばす。
鏡に触れたと思った瞬間、指先はそれをすり抜けた。
「う、わっ」
私の身体はバランスを崩し、前のめりに倒れ込んでいた。
とっさに受け身を取ることが出来たようだ。
それにしても…
「ケホッ…ごほ。埃っぽい」
『もう何年も使われてへんからなぁ』
ポゥッと明かりが灯る。提灯だ。
ここはどこだろう。足元はテラコッタのようなタイルが敷かれている。屋外だろうか?
上を見上げると高い天井に大きな梁が横切っている。明り取りのために作られた天窓から星の光が降り注いでいた。
室内は提灯の明かりにほんのりと照らされていた。
提灯を手に持つ着物姿の女性は…誰だ。
象牙の肌に灰青の長いワンレンは腰に届きそうだ。私を見つめる露草色の瞳は。
「鈴さん?」
「なんや、驚かへんのか」
「これでも驚いてますよ。表情が乏しいだけで」
深緋の唇がふっと微笑んだ。
「表情が乏しいとモテへんで」
大きなお世話だ。




