隠された部屋
私は拭き掃除が終わった和室の一角で、倒れ込んでいた。
怒涛の一日だった。
銭湯へ学生たち三人で送り出すことに成功したが、お風呂に入りそびれてしまった。
「明日は絶対入りたいけど、美砂ちゃんたちがついてきそう」
裸の付き合いなんて言うけど、初対面の人と裸で何を話せと言うのか。
「特にあんなスタイルの良い人とは」
コンプレックスだらけの身体を見て呟いた。
昼食の残りを夕食にした。
明日の献立を考えながら、おにぎりを一口かじる。
思いついた献立のメモをとっていると、庭からガサガサと音がする。反射的に息を潜めて庭の音に集中した。
台所からピーッとお湯が沸いた音がする。
「あ、お湯沸かしてたんだ。お茶淹れよう」
台所に立つと、持ってきたティーパックでお茶を淹れた。ちびっと口にする。
「美味しいお茶が飲みたい。おいおい揃えよう」
ガタッ
ちゃぶ台の辺りで何かをひっくり返す音がした。
慌てて部屋に戻ると、ちゃぶ台の上に置いてあった皿がひっくり返っていた。
「ぬか漬けがなくなってる」
見れば縁側の戸が少し開いていて、ひんやりとした山の空気が縁側から流れ込んでくるのを感じる。
「前に見かけた猫が入ってきたのかな、ちゃんと閉めてなかったか。戸締まりしなきゃ」
山の夜は昏い。さっきまでの賑やかさが嘘のように家の中は静まりかえっていた。
さっさと支度して寝てしまおう。明日は力仕事が多いから、備えないと。
情けないが、今までひとり暮らしをしたことが無かったので夜に一人で居ることに慣れていない。
廊下に出たとき、ふと本棚が目に止まった。
あの不思議な本を思い出す。
「寝るには少し早いから、本のパズルでもしようかな。ここにある本のカバーも取っておかないと」
もしかしたら、祖父の日記がまだ残っているかも知れない。祖父の日記は後半から、たまに認知症を疑いたくなるようなファンタジーな内容になっていた。
祖父と最後に会ったのは、大学三年の冬だった。
入院生活は長かったが認知症には見えなかった。
「想像力たくましい人だったから、普通の日記に飽きたんだろうな」
祖父は私が小さいころ、寝る前のお話に色々と聞かせてくれた。庭に河童が遊びに来た話だったり、二本足で歩く猫と山の中で取り留めない話をしたり。
祖父の家に泊まる日は、わくわくしながら夜を待ったものだった。
本棚の前で腕を組み、ブックカバーのついた本を眺める。一番高い段には手が届かない。
「踏台に乗ったら届くかな。男手あったんだから、お昼に取ってもらったら良かったな」
ひとり言を呟いてから気がつく。
「美砂ちゃんとしか話してない」
諦めて台所から踏台を持ってくると、次々と本を床に降ろした。
すっかり中身の無くなった本棚の向こう側に壁…ではなく、壁だと思っていた本棚のうしろには板戸があった。
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