精霊の丘
全力で走ったので五分もかからず対岸に着いた。
「無事に渡れて良かった」
八坂くんはあんなに走ったのに息一つ切れていない。対して、私は言葉も出ないほど荒い息をしていた。
「大丈夫?」
座り込んだので心配をかけてしまった。
「大丈夫です」
少しは体力がついてきたと思っていたのに、まだまだ足りない。
河童たちも河から上がってくると、畑で採れたトマトをカゴに持ち森の奥へ歩いていく。
『今夜は道案内がつくで、目印を見て歩けば迷わね』
そう言うと河童の指差す先にホタルブクロがぽう、と光った。
対岸にチラチラと光って見えたのは道々に咲くホタルブクロだった。
淡く光る道標をたよりに、森の奥へ進むと少しずつ灯りが増えてくる。
精霊の丘と聞いたのでそのまんま丘のようなものを想像していたが、中央にガジュマルのような大木がそびえ立ち枝には小さなランプがあちこちに釣り下がっている。
大木の根本周辺には木で出来た遊歩道が迷路のように囲み、遊歩道の先にはレンガ造りの店が点々と並ぶ。店の中では店主たちが慌ただしく灯りをつけたり商品を並べて支度をしていた。
「何だかメルヘンですね」
「デートスポットみたいですね」
同じ調子で八坂くんが返す。
「デートスポット、よく行くんですか?」
「行ったことないです」
そうなのか。
「私もないです」
恋愛経験豊富と思われていそうだったので、この機会に訂正しておく。
「そんな気がしてた」
やはりバレていたのか、演じきれなかったのが少し悔しい。
『紅実子様、こちらへ。長老に紹介しますだ』
九太郎が袖を引く先には、切株に座ったいかにも妖精という風貌の白髪の老人。背中にはトンボのような羽が生えていた。
『初めてお目にかかります。鏡守り様、私は森の民の長を務めておりますミムラです。今日ははるばるお越し下さって、ありがとうございます。あまり代わり映えしませんが、楽しんで頂けたら幸いです』
そう言って、ふるふると立ち上がり頭を下げる。
常にふるふると震えているので年齢が気になる。
「はじめまして、鏡守りの笹木 紅実子です。今日はお招き、ありがとうございます。まだこちらには不慣れですが、どうぞ宜しくお願いします」
見よう見真似でお辞儀をする。
そうだ、八坂くんも私から紹介しておくべきか。
「こちらは私の友だちで、八坂 颯馬です。今日はこちらに同伴させていただく事をお許し下さい」
ミムラは白髭を撫で付け、ふむふむと呟くと親指を立て意味深な笑いで返した。
曖昧に笑って誤魔化してみる。
『次世代も安泰じゃな』
やはりそっちか、どこへ行っても最近はそればかりだ。訂正するのも面倒になってきたので、半笑いでスルーをする。
店の準備が整ったのか木の上には音楽隊が笛を奏で、あちこちで会話が盛り上がり夜の市は活気に溢れ始めた。
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