水上走行
夕闇が辺りを覆い、林から吹き抜ける風が肌寒くなってくる。
河童たちは今日の作業を終えて、河を渡り始めた。
『紅実子様、水上歩行さ出来ただか?』
忘れていた。いや、考えないようにしていた。
「いえ、まだ…少し練習してみます」
覚悟を決めて、河辺へ向う。
「水上歩行?」
その後ろを八坂くんが歩いている。
そうだ、八坂くんは水上歩行出来ないのだから、付いてくる場合は泳ぐしかないだろう。私もそれに付き合うべきじゃないか。
「今夜、河童たちが言うには河の向こうで夜の市があるみたいです。河童は泳ぎますが、私は水上歩行を勧められました」
水際に立ち、遠くに見える対岸に視線をやる。
向こう岸では既に準備が始まっているのか、チラチラと明かりが見え隠れしていた。
「…でも、練習をしていなかったので上手く出来るか分かりません」
そっと水面に足を置いてみる。そのまま、力を入れると…
さぶん。
足がびしょ濡れになった。
『紅実子様、もしかすっと運動神経が足りんのじゃ…』
河童が暗い声を出す。薄々そんな気はしていた。
昔から運動と名のつくもので、良い成績を修めたことはない。
「何かコツとかないの?」
八坂くんが静まり返った場を切り替えようと尋ねてみる。
『アメンボになった気持ちでやってみるだ』
「アメンボ…」
河童の抽象的なアドバイスを受けて、八坂くんが素足を水につけた。
八坂くんの足がスケートリンクを滑るように水面を進む。ん?八坂くんが水の上を進んでいる。
「え、こんなの有りですか?」
腕輪を持っている私は上手く立てなかったのに、【誓約】で少し力を送っただけの八坂くんは使いこなしている。
本人も驚いたらしく、河の上を走ったり跳んでいた。羨ましい。
「イメージだけで簡単に浮かべる。もう一度、やってみて」
八坂くんにも励まされ恐る恐る水面に足を置く。
だぼん。
両足とも水に突っ込んだ。
「アメンボ、帰ったら調べてみます」
歌に出てくるアメンボくらいしか知識がないのが原因なのか、運動神経の問題なのか。
後者ならば、水上歩行は絶望的だった。
「また、おんぶする?」
八坂くんがとても優しく聞いた。
気持ちは有り難いが、全力で首を横に振る。
「大丈夫です。いざとなったら水中息もありますし、泳いで行く覚悟ですから」
「こんな暗い河を?水泳にはまだ早いし寒いけど」
ジリジリと水際に追い詰められる。
助けを求めて河童を見ると、見守っていた河童たちが目隠ししている。何を考えているんだ。
もう後がない。
アメンボだか何だか知らないが、片足が沈む前にもう片方を出せばいいんだ。そんなに素早く動けないけれど。
もう少しで捕まりそうになった所で、意を決して河の上に一歩を踏み出した。
さっきよりは沈んでいないような気がする。
沈む前にもう片方を出す。
必死の形相で河の上を走る。
その後ろを追いかけて来る八坂くん。
その後ろを泳ぎながらついていく河童の団体。
時たま野次が飛ぶ。
対岸にいた河童たちは、何事かと思ったらしい。
いつもお読みいただき、ありがとうございます
ブクマと評価も嬉しく見ています。
お陰様でいつの間にか百話を突破していました。
これからも精進して参りますので、宜しくお願い致します。




