表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

吾輩は誇り高き野良猫である。※ただし逆さ吊り状態

作者: 燦々SUN&もっしゃん

燦々SUNともっしゃんのリレー小説です。キーワードをお互いに一つずつ出し合い、さらにランダム単語ツールで一つ決めました。

起承転結を交互に書きました。横線が入っている部分で作者が変わります。今回は「起」と「転」を燦々SUNが、「承」と「結」をもっしゃんが担当しました。


燦々SUNのお題:「猫」

もっしゃんのお題:「ひも」

ランダムなお題:「不可抗力」

 吾輩は猫である。誇り高き野良猫である。

 この厳しいコンクリートジャングルにあって、人間に媚びることもなく、群れることもなく。当然人間のおこぼれ(残飯)()預かる(漁る)ような恥知らずな真似もせず、ただ狩りに生きる孤高の狩人である。


 そんな吾輩であるが、現在少し困った状況にある。と、いうのも……


 自分の後肢()見上げる(・・・・)

 そこには、紐によってガッチリと縛り上げられた吾輩の後肢()が。その紐の先は、吾輩の前肢()ほどもある太さの木の枝に繋がっている。


 ……この通り、現在進行形で逆さ吊り状態なのである。吾輩。


 つい先程、茂みの中に落ちて……ゴホン、息絶えていた魚を獲ろうとしたところ、このような状況に陥ってしまったのだ。

 ……なんだその目は。言っておくが、吾輩は断じてエサに釣られたわけではない。

勢い余って近くの川から飛び出し、気の毒にもこの場で息絶えてしまった魚を獲ろうとしただけだ。

 なに? 死体漁りなど狩人のすることか、だと?

 ハッ、これだから素人は。狩りの世界は綺麗事だけでは生き残れないのだよ。

 それに、不慮の事故で無念の死を遂げたというならば、そのまま朽ちさせるより、我が糧にしてやった方が死者も浮かばれるというものだろう。

 そう、吾輩はそういった高尚な心持ちで魚の命をいただこうとしていたのだ。断じて「やっりぃ! ちょ~ど腹減ってたんだぁ、ラッキー♪」などとは思っていない。


 んんっ、ところが、だ。

 吾輩が魚を持ち上げたところ、突然吾輩の周囲を囲むように輪っか状の紐が現れ、慌てて回避するも間に合わず……このような状況になってしまった。

 無論、これが狩りの最中であったならば、熟練の狩人である吾輩のこと。余裕をもって紐を躱していただろう。

 だが、その時の吾輩は不慮の死を遂げた魚に対する哀れみが胸に満ちており、つい反応が遅れてしまったのだ。ふっ、獲物に情けを掛けた結果がこれだ。吾輩もまだまだ青いな。


 それにしても、これは一体どこのクソガ……ゴホン、鼻たれ小ぞ……ゴホン、小童の仕業であろうか。

 いい加減、頭に血が上ってきたのであるが……さて、どうしたものか。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 む、人間の雄がこちらへ歩いてくる。吾輩を罠にかけた不埒者であろうか。

 それにあの人間には……見覚えがあるぞ。

 汚らしい無精髭、いつも怒っているような強面、魚の臭いが染みついた前掛け。


 そうだ、我が狩場(鮮魚店)番人(店長)である。


「やっと捕まえたぜ、この盗人め」


 人間は汚らしい歯を剥き出しにして笑った。

 まったく、吾輩を盗人呼ばわりするとはなんたる恥知らず。心外極まりない。

 この世界は弱肉強食。気配を隠し、俊敏に動くことのできる吾輩がウスノロな貴様の魚を毎日のように勝ち取っていることなど当然の帰結なのである。

 今だって貴様は吾輩を罠にかけて勝ったつもりだろうが、まだ勝負はついていない。というより、吾輩のほうが依然有利な状況である。


 近づいてきた貴様は、おそらく吾輩の至近距離で一度立ち止まるはずだ。吾輩を捕らえるつもりにしても殺すつもりにしてもそうせざるを得ないだろう。

 その隙を吾輩は見逃すつもりはない。

 貴様の汚らしい前掛けに爪を立てれば、体勢を整えられる。そうすれば反動で体をのけぞらせ、ひもを食いちぎることができる。罠から外れてしまえばこちらのものだ。一瞬で逃げることも、貴様に反撃することだって可能だ。


 さあ来い……もっと近くへ……ん? ポケットに手を入れて、何かを取り出そうとしている。いったい何を……。


「猫はこいつに弱いんだろう?」


 人間が取り出した小瓶。その中に入っているのは、楕円型で薄緑色の果実……。


 なるほど、マタタビか。


 ふっ、吾輩も舐められたものだな。

 過酷な環境で強靭な精神力を鍛えてきた吾輩にマタタビごときが通用するはずがない。平和ボケした飼い猫と一緒にされては困る。

 ”猫といえばマタタビ”。その発想の浅はかさが貴様の敗因に――


「ほれ、嗅いでみろ」


 ……

 ……

 ふ……


 ふにゃあ~~~~~~~ん♡

 うにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ♡

 なんにゃあ~~~~~このかぐわしい香りはあぁ~~~~~ん♡

 こんなの……こんなの……

 抵抗できるはずないにゃあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~♡♡♡



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ふんっ、タチの悪いどら猫も、こうなっちまえばチョロいもんだ」


 人間はそう言いながら、小さな籠に押し込められた吾輩を見て鼻を鳴らした。


 ふんっ、何を偉そうに。正々堂々戦わず、あのような手段を用いるとは……この人間、恥を知らないのか?

 あれは……そう、毒だ。我々猫を狂わせる猛毒だ。

 いくら吾輩でも、何の耐性も付けていない毒相手には分が悪い。そう、だからあのような醜態を晒してしまったのも不可抗力というものなのだ。うん。


「見てろ、このまま保健所に引き渡してやる」


 待て。ホケンジョ、だと……!?

 その名前は聞いたことがある。そこに連れて行かれて戻ってきた猫は1匹としていないという、あのホケンジョか……!?


「店が終わったら引き渡すからな。そこで大人しくしてろ」


 そう言うと、人間は吾輩を部屋の中に置いて出て行ってしまった。


 マ、マズい……。これはマズいぞ。

 なんとか今の内に脱出を……ふんっ! ぬぐ、ぐ、ぐぐ……っ!!


 吾輩は必死に籠を破ろうとするが、ビクともしない。そもそも籠が小さ過ぎて、上手く力を込めることが出来ない。

 これは本当にマズい。流石の吾輩も、こんな文字通り八方塞がりの状況を脱出する手段は思い付かない。このままでは……


「ただいまぁ~」


 ……ん? 誰か来るぞ?


「あれ? なにこのケージ……うわっ! かわいい!」


 籠を覗き込んだのは、また別の人間だった。

 吾輩を見て、何やら目をキラキラとさせている。


「おう泉、帰ったか」

「あ、ただいまお父さん。ねえこの子どうしたの?」

「あん? ああ、そいつはウチの魚を盗みまくってたどら猫だ。後で保健所に連れてこうと思ってな」

「えぇ~~!? こんなにかわいいのに?」

「かわいいもんか! ほれ、さっさと着替えて店を手伝ってくれ」

「はぁ~い……」


 そう言いながらも、この人間は吾輩の前から離れようとしない。

 何やら「ちょっとくらいなら……いや、でも……」などと言いながら、籠に手を伸ばしては引っ込めるというのを繰り返している。


 その様子を見ている内に……突如、吾輩の脳裏に1つの策が浮かんだ。

 それは、奇策とも呼べないようなあまりに愚かな策だった。確かにこの状況を打破することは出来るかもしれないが、孤高の狩人としての誇りを踏みにじるような策だ。

 だが……他に良い策がないのも事実。命と誇り……どちらを選ぶかと言われれば……吾輩は……っ!!


「ご……」

「うん?」

「ゴロニャァ~~~~ン」


 その場にゴロンと転がり、全力の上目遣い! そして甘えた鳴き声!!


 ……うん、一瞬で後悔した。死にたい。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「か……かわいいいいいいい〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」


 野良猫としての誇りを犠牲にして繰り出した一撃は、しかし、確かに効果的なようだった。

 見てみろ、人間の瞳の中にハートが映っているぞ。すっかりメロメロだ。吾輩の演技力、我ながら恐ろしい。


「おい泉、まだ猫にかまってたのか。早く手伝いを……」

「お父さん! わたしこの子飼いたい!!」

「はあ〜〜?」

「ね、いいでしょ?」

「駄目に決まってるだろうが」

「OKしないとお父さんのSNSのアカウントをお母さんにバラすよ! アイドルにセクハラしてるリプのスクショだって持ってるんだからね!」

「おっめぇ、なんでそれ……!!」


 雄の人間が真っ青になり、雌の人間は勝ち誇ったように胸を張った。

 よし、なんだかよくわからないがその調子だ、雌の人間よ。この檻から出ることさえできれば逃げられるのだから。


「猫ちゃん、怖くないからね~。わたしが守ってあげるからね」


 ふん。孤高の狩人が人間に守られる筋合いなぞない……が、今はひとまず感謝しておこう。


「可愛げのないドラ猫さ。飼おうったってなつくわけがない」

「そんなことないよ! そうだ、お腹すいてる? ちょっと待っててね」


 雌の人間は何かを思いついたように手を叩くと、部屋の外へ走って行き、またすぐに戻ってきた。

 手に持っているのは……なんだその干からびた魚は。


「アジの開き。美味しいよ」

「売り物を勝手に持ってくるんじゃねえ!」


 怒鳴る雄を無視して、雌は籠の隙間から”あじのひらき”とやらを差し出してきた。

 匂いを嗅いでみると、なるほど、なかなか芳しい。かといってここで素直に食べてしまうのも人間に餌付けされているみたいで腹立たしいが、今はこの雌の信用を獲得することが最優先だ。致し方あるまい……。

 これはそう、作戦なのだ。決して腹が減っていたいせいで誘惑に負けたとかいうことでは断じてないのだ。


 さて味はどれほどの……む、むむ、むむむ! これは美味い! 生の魚よりも旨みが凝縮されている。なるほど、人間はこんな工夫をしているのか、なるほど……む、もうなくなってしまったではないか。もっと量があればよかったのだが。


「美味しかった?」


 機嫌よく鳴く演技をしてみせる。まあ、美味いものを食って機嫌がいいのは事実だ。


「ほらね、お父さん。こんなにおとなしくて可愛いよ。絶対なついてくれるって」

「勝手にしろ」


 雄はそっぽを向いて外へ出て行ってしまった。よし、これで一つ障害が消えた。あとは……


「ケージって窮屈だよね。今出してあげるね」


 よし、よし! この瞬間を吾輩は待っていたのだ! そのために耐え難きを耐え、忍び難きを忍んで来たのだ。

 開け……開け…………開いたーーーー!!!!


「ああっ!? 猫ちゃーん!!」


 ふはははっ!! 油断を晒したな!! ちょっとだけ悪い気がしないでもないが、吾輩は誇り高き孤高の狩人なのだ! 人間に媚び続けることなど決してありえぬ! 

 さらばだ、吾輩にほんの少しだけ優しくしてくれた人間の雌よ! 二度と会うこともあるまい!

 見ろ、吾輩はついに自由を取り戻したぞ! 人間との戦いに勝利したのだ。

 勝ったのだー!!



***



 吾輩は猫である。誇り高き野良猫である。

 ……。

 ……。

 そう、誰がなんと言おうと野良猫なのである。

 名前はまだ無


「ミーちゃん、またアジの開き食べに来たの? もー食いしん坊なんだから♡」


 ……最近は……ミーちゃんと、向こうが勝手に呼んでいる、が。


「えへへ、かわいいねえ。こうして遊びに来てくれるなんてねえ」


 雌の人間が吾輩の頭を撫でてくる。

 あの日コンクリートジャングルに戻った吾輩は、あじのひらきとやらの味を忘れられなかった……のではなく、吾輩に良くしてくれた雌に一度も礼を言わないのは紳士的ではないと思い、後日再びあの家へ赴いたのである。

 そうしたら全身を撫でくりまわされてしまった。そんな屈辱を受けてしまっては、あじのひらきを対価として受け取らねば割りに合わないだろう。雌が吾輩で癒され、吾輩はあじのひらきで腹を満たす。そういう対等な取引を続けている。

 だから、吾輩は孤高の狩人としての誇りを失ったわけではないのだ。ないのだと言っている!!


「しかしまあ、このドラ猫も丸くなったなあ」

「ミーちゃんね」

「紐の罠にかかったミーちゃんが、今は泉のヒモになってるんだもんなあ」

「……なにそれ親父ギャグ? 寒いんだけど」

「娘が冷たい……」


 あじのひらき、うめえ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 僕も猫を三匹飼っています。血統書付きのいわゆる「サラブレッド」ではありません。猫に対して「サラブレッド」という表現が適切か否かはさておかせて頂きます(笑)嫁と娘が拾いに拾った御三匹方。9才6…
[一言] 高畑充希さんの声で脳内再生されました 『旅猫レ×―ト』より全然面白いです 泉ちゃんみたいな娘がいたら楽しそうですね
[良い点] テンポよく読めました。アイデアがいい。面白かったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ