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アイスランドポピー  作者: marusato
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アイスランドポピー第1話


 青い空。白い雲。透き通った海。


 雄太が壁に貼ってあるポスターを眺めていたとき、母から電話があった。


「そっか。うん、…うん、わかった。じゃぁね」



 大野雄太。中堅どころの広告代理店に勤務している27才である。もちろん名前から想像できるように男性である。今日は休みの日なのだが新規の企画書を書いていた。広告代理店の仕事は激務である。休日も仕事をしなければ追いつかないほどの仕事量があった。しかし、雄太はそんな生活を苦に感じていなかった。むしろ充実感を覚えるほどだった。なぜなら、「自分はエリート」という意識を感じることができるからだ。凡庸なビジネスマンではなく人より頭一つ抜きんでたビジネスマンという自負を雄太は心の中に持っていた。



 しばらくするとインタフォンが鳴った。ドアを開けると母から連絡があったおばさんが人懐っこい笑顔で立っていた。


「まあ、ユウ君。しばらく見ないうちに大きくなって…」


 おばさんといっても血縁関係があるわけではない。母と親しい近所のおばさんという関係だ。母の親友といってもいいくらいの間柄だった。けれど、雄太はこのおばさんが得意ではなかった。嫌いとか苦手というわけではない。ただどのように接していいのかわからないのだ。噛み合わせ方がわからなかった。小さい頃からそうだった。だが、おばさんは男の子がいなかったせいか雄太を我が子のようにかわいがってくれていた。


 母からの電話はこのおばさんの来訪を伝えるものだった。おばさんには一人娘がいるのだが、そのが近くに引っ越して来ることになったのだ。おばさんはそのの新居を視察するために来たのだが、母はついでに雄太への荷物をお願いしたのだった。おばさんはしばらくぶりに会う雄太に母と自らの近況を一方的にしゃべり続け、そして帰って行った。結局、その間に雄太が発した言葉は「どうも」と「はぁ…」だけだった


 おばさんは帰りがけに思い出したようにつけ加えた。

「そうだ! ウチの娘もよろしくね~」

 言い終わると豪快に笑いながら右手を振った。


 母がおばさんに持たせた荷物は特別に珍しいものではなかった。雄太が近所のお店で買えるものばかりだった。それでも雄太は母の気遣いがうれしかった。荷物を開けながらおばさんの最後の言葉を思い出していた。


「ウチの娘もよろしくね~」。


 おばさんの娘ということは雄太にとっては幼馴染ということになる。雄太の記憶ではそのもおばさんに負けず劣らず豪快な性格の持ち主だった。中学まではしょっちゅう行き来をしていたが、違う高校に進学してからは会う機会が少なくなっていた。大学時代は成人式の日に地元で会ったくらいだし、社会人になってからは数回しか会っていなかった。というよりは「数回見かけた」のほうが正しい表現かもしれない。




 雄太の出勤時間は普通のサラリーマンよりも若干遅い。雄太は今の会社のそこが気に入っていた。1時間遅くなるだけで通勤ラッシュに出くわさなくて済む。ラッシュアワーにまみれるのは苦痛だ。それを回避できるのはこのうえない喜びだった。


 雄太が駅に向かって歩いていると、うしろのほうから声がした。

「大野、…君?」

 雄太が振り返ると、なんとなく見覚えのある女性が近づいて来ていた。

「ああ、…真由美ちゃん…」

 おばさんが話していた幼馴染の娘である。

「やっぱり大野君ね。年取ったけど昔のままだったからすぐわかった」

「真由美ちゃんこそ昔と変わらないね」

「それ、褒めてるの? けなしてるの?」

 雄太は真由美の言葉の選び方や話すテンポに、そしておちゃめな表情に子どもの頃の面影を感じた。

「ん~と、両方かな」

「まっ、いっか」

 豪放磊落ごうほうらいらくな性格は昔と変わらないようである。



 ラッシュアワーの時間帯を過ぎた電車の中は久しぶりに会う男女が会話をするには適している空間である。会話が途切れたら電車の外を眺めていれば間が保てるし、適度に揺れる車両は気持ちをリラックスさせる効果がある。


「ウチのお母さんが突然行って驚いたでしょ」

「うん、でもおふくろに頼まれものしたみたいで逆に迷惑かけちゃって」

 雄太は真由美の顔立ちが大人の風貌になっていることに不思議な気持ちになっていた。こんなに間近で真由美の顔を見たのは初めてだし、ナチュラルメイクをしている顔からは自分の足で大地を踏みしめ、自分の力で生活している大人の女性の雰囲気が出ていた。


「今のアパート、お母さんが決めたのよ。こっちで働くことにしたんだけど一人暮らしは危ないから知り合いが近くにいたほうがいいって」

「たぶん、おふくろが勧めたんだな。あの二人仲いいから」

「ごめんね。無理矢理おしかけちゃって…」

「そんなことないよ。こちらこそよろしく」

 真由美は降りる駅に到着すると軽く手をあげた。

「じゃぁ、またね…」


 真由美のうしろ姿を見ながら雄太は昔のお転婆時代を思い出していた。歩き方に昔の面影が感じられたからだが、それでもやはり全体的には大人の雰囲気を漂わせていた。しかも昔よりも数段きれいになっていた。凛々しい印象があったのは真由美が看護師という職業に就いていたことと無縁ではない。人の生死に関わる仕事に就いている経験が真由美を大人にさせていたのかもしれない。雄太は尊敬の念を感じていた。




 雄太の仕事の中で最も重要な業務はプレゼンテーションである。広告代理店の要の仕事と言っても過言ではない。どんなに優れたアイディアが浮かんだとしてもクライアントに認められなければなんの意味もない。採用されなければアイディアは単なる絵空事である。自己満足は仕事ではない。

 しかし、クライアントに提示する前に通過しなければいけない関門がある。それは社内で承認されることだ。クライアントに提示する前のこの関門を通過するのがまた一苦労だ。そのためにはいろいろな戦略も戦術も必要になってくる。結局は、人間関係が重要になるのはどんな業界でも同じだ。それが雄太の導き出したエリート道であった。


 社会人となって4年を経験している雄太は社内で頭角を現す術を少しずつ身につけ始めていた。雄太は課長に掛け合っていた。

「課長、今狙っている会社があります」

「おお、いいねぇ。それでなんの会社?」

「液晶関連の会社なんですけど、目途がついたら是非ともお願いします」

「とれそうなのか?」

「今、いろいろと考えているところです」



つづく

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