ちりも積もれば花になる
ーーちりも積もれば花になる。
のんびりした休日、男は彼女のその言葉の意味を理解した。
ーーちりも積もれば、花になる。
と、何年前だろうか、君が言った言葉をふと思い出した。
休日のソファは最高の寝床だ。差し出された湯呑みから立ちのぼる湯気の中に、ゆらゆらと僕の意識は吸い込まれていく。
ちり。時が経つほどに高く降り積もりーーその頂きに立っている僕らには、海よりも深く、その底はもう見えないほどだ。
そうか。僕は、君の言った「ちり」を、たった今理解しようとしている。
それは、憂鬱な朝の「行ってらっしゃい」の一言。
それは、綺麗に畳まれた洗濯物。
それは、くだらない喧嘩の後でする大きな後悔。
それは、平和ボケした顔でテレビを見ている君の横顔。
「綺麗だね」
「何、突然」
それは、「ついでに」と入れられた、一杯のお茶。
「ははっ、何でもないよ。ほらそんな不細工な顔するなよ」
「さっき『綺麗』って言ったくせに!」
白髪を見つけたと言い返せば、そんな嬉しそうに言うなと怒られた。
掃いて捨て去ってしまったちりは、きっといくらでもあるのだろう。
それでも確実にーー逃れられない運命のようにーー僕らの上に、足元に、それは降り積もる。
僕は今、ちりを見つめてニヤついている、ただの怪しいオトコだ。
でも分かってほしい。いや、分からなくてもいいんだ。
ただ僕は、僕のそばで咲いている花に、気づいただけなんだ。
たった、それだけなんだから。
空より高く、海より深く、積もったちりの中に砂つぶのような私が生きている。
そんな気持ちで書きました。