第1章 2話:ゴブリンの村
「あんた、名前は?」
歩いているときにゴブリンの一匹が聞いてきた。
「ユウだ」
本名である旗本優思を使ってもいいが、省略したほうが呼びやすいだろう。
「ユウか、何だか悪魔っぽくねぇえ名前だな」
「そりゃどうも」
「俺の名前はコリー、そんでこっちが弟のコニーだ」
「コリーとコニーかよろしくな」
「…兄貴、こいつ信用していいのかよ。確かに丸腰なのは確認したけどよ…」
「大丈夫だって、間違いなく人間じゃないし、獣人でもない。悪魔かどうかは怪しいが、仮にこいつがめちゃくちゃ強かったら俺たちもう死んでるだろ」
フンッと鼻を鳴らしながらそっぽを向くコニー。他のゴブリンたちも俺のことを笑いはしたものの信用はしていない様子で、話しかけてはこない。
そんな中コリーは質問を続けてくる。
「で、どっからどこまで覚えてんだ?」
「えっ?」
「記憶喪失なんだろう?」
「あ、ああそうだ、名前や自分の種族はわかるんだがそれ以外は全く何も知らないんだ」
「そいつは重傷だな。魔法は使えるんだろ?どんな魔法を使うかで身元がわかるかもしれねぇ」
「それが魔法は全く使えないんだ」
「魔法が使えない悪魔だと?悪魔って魔法使えて当然じゃないのか?」
どうやらこの世界に存在する悪魔は魔法が使えて当然らしい。
1つくらいは魔法を習得しておくべきだったと少し後悔した。
「まあ俺も外の世界には詳しくはねぇえからよ、わからねぇことは村の村長に聞いてくれ。」
「わかった」
そうして歩いていくと、ついにゴブリンの村に到着した。
森に隠れるようにして作られた村は、小さいゴブリンたちにぴったりの大きさで、わらで作られた家も人間の家のサイズより少し小さい。
村に入ると大勢のゴブリンたちが家から出てきて物珍しそうにこちらを見ている。
さらに奥に進むと年老いたゴブリンが一匹目に出てきた。
「コリー、その者は誰だ?まさか獣人を連れてきたわけではあるまいな?」
「自称悪魔らしいっす。草原でふらついてて道に迷ったらしく、丸腰で特に害もなさそうなので連れてきやした」
「ほう、悪魔とな…人間側じゃなければわしらは仲間も同然。道に迷ったのであればここで少し休んでいくといいだろう」
「ありがとうございます」
この世界のゴブリンはやけに人間や獣人を嫌っているらしい。
「お前、わからないことだらけだろ?この世界のこととか村長に聞くといい」
「ありがとなコリー」
「おう、いいってことよ」
そういってコリーはどこかへ行ってしまった。
「では、聞きたいこともあるみたいじゃし2人で話せる場所に移動するかの」
こうして場所を移動したあと、ゴブリンの村長と色々な話をした。
まず自分が記憶喪失であること、名前と種族は覚えていて、悪魔の角や翼があること。この時点で村長は俺が悪魔であることは間違いないと確信したらしい。
しかし、魔法を使えないことを告げると、とても驚いていた。悪魔というものはやはり魔法が使えるのが当然のことであり、魔法が使えない悪魔は聞いたことがないらしい。
また、俺がゴブリンの言葉を使えることにはあまり驚いていないようだった。なんでも悪魔という種族は他の種族と対話ができる能力を持つ者もいるらしいからだ。
そして本題であるこの世界についても多くのことを聞き出すことが出来た。
この世界は人間が支配していて、獣人、エルフ、ドワーフ、巨人の4つの種族が人間と共存しているらしい。
それ以外の種族は、種族の名前はついているものの「魔物」としてまとめられ、会話できるできないに関わらず酷い扱いを受けているらしい。
種族ゴブリンも例外ではなく、実際に彼らはもともと住んでいた森を追い出され、この山岳近くの不毛な土地に移住してきたのだという。
「ここには動物はいるんだがわしらの食料とする動物たちがあまりいなくての、かなり厳しい生活を強いられてるのじゃ」
「作物などは育てて食べないんですか?」
「この土地はあまり土が良く無くてな…じゃから仕方なく、時々旅人や商人を襲っては持っている食べ物などを盗むのじゃ」
ゴブリンたちにとっても襲うことはリスクが高く、あまりやりたくないことではあるそうだ。
「襲うってことは人間を殺したりもするってことですか?」
「いやぁ殺しはせんよ。それは狩りに行っているゴブリンたちにきつく言ってある。…奴らはな、仲間が殺されると血眼になってわしらを見つけ出して全員殺すような生き物なんじゃ…」
「はぁ…」
「お主も人間という種族には気をつけたほうががいい。さて、お主の正体については力になることが出来なかったが次の目的が見つかるまでは休んでいくといいだろう」
「はい、ありがとうございます」
こうして、村長との話は終わった。
一匹の若い女のゴブリンが案内をしてくれて、家に入れてくれた。食べるものを出してくれたが先ほどの村長の話を聞いて少し食べづらかった。
「遠慮なさらずに食べていただいていいんですよ?」
「そうはいっても苦労して手に入れた食料だと知ると遠慮したくもなります」
「優しい悪魔さんなんですね、名前は何ていうんですか?」
「ユウっていいます」
「ユウさんですね。私はカイネと言います。あなたのお世話をするように言われていますのでよろしくお願いします」
「お世話なんていいですよ。寝る場所さえいただければ大丈夫です」
カイネさんはにっこりと笑って寝る場所を教えてくれた。その後家から出て自分の家に帰っていった。
ご飯もいただいたし、俺は寝床に移動して寝転がりながら今後のことについて考えていた。
異世界にきて初日は人間のいるところでこの世界のことを調べる予定だった。しかし、意外にも人間ではなく心優しいゴブリンたちに案内されてこの世界について色々教えてもらった。
しかし、ここで手に入る情報では限界があるのでやはり一度人間の町に行って色々調べたいとも思っていた。
あまりこの村に長居しても迷惑になるし、町の場所を聞いて旅立つことを決めたところで俺は眠りについた。