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6.美女すぎる……!




 コロコロ、コネコネ。


 大きなボウルに入った生地を適量とり、掌でコロコロとこねる。

 もっちりとした弾力のある上新粉じょうしんこの生地を潰し、中にあんこを入れて包む。そして、沸騰した湯の中で数分茹で、氷水に潜らせるのが基本的な月見団子の作り方だ。

 湯築屋の宴会広間には、お客様が集まっていた。

 そして、それぞれ大きなバットに盛られた団子生地やあんこを手に、コロコロと思い思いの形に丸めている。広間の隅では、幸一がカセットコンロと鍋を使って、団子を茹でる準備をしていた。


「俺の団子が一番大きいぞ!」


 そう言って、将崇が大きくて真ん丸の団子を掲げた。ずっしりと重そうで、とても食べ応えがありそうだ。


「師匠、上手ですっ!」


 将崇の作った団子を見て、コマがパチパチと手を叩いていた。しかし、手に団子の生地がついたままだったので、「うっ……ベタベタします……」と残念そうに耳を下げてしまう。そもそも、狐の手だと団子生地やあんこは丸めにくい。毛に絡まって、上手くいっていないようだった。


「ウチ、なにやっても下手なので……」


 コマはガクリと肩を落とす。

 九十九はなんとか元気を出してもらおうと、コマのほうへ歩み寄る。しかし、その前に人間の姿に化けた将崇がコマの隣に座った。


「しょうがないな。どれくらいが食べやすいんだ?」


 九十九が助け舟を出す前に、将崇がコマに好みの大きさを聞いていた。

 コマはパァッと表情を明るくして、将崇を見あげる。


「ウチ、串団子にしたいですっ!」

「わかっ……いや、か、勘違いするなよ! 別にお前みたいな狐なんか……!」

「え……はい……」

「う、いや……俺はお前の師匠だからな。特別なんだからな!」

「ありがとうございますっ、師匠!」


 将崇は器用にコマの注文通り、コロコロと小さな団子を作っていく。

 ここは放っておいても問題がなさそうだ。

 九十九は安心して、他のお客様たちに視線を移す。

 天照は楕円形の団子を作り、あんこで周りを包んでいた。三重の赤福に似たスタイルだが、関西の月見団子はこれが主流らしい。

 甘いものがそれほど好きではない蝶姫は、小夜子と一緒にあんこの入っていない団子を作ってピラミッドのように積んでいた。二人とも几帳面な性格が出ている。お店のディスプレイのように整然としており、見た目が綺麗だ。


「月見団子はよい。酒を出すがよい」


 広間の隅でそう言っているのは、ケサランパサランだった。

 見た目のフワフワ感に反して、お酒やおつまみが好きである。いもたきのときも、ずっと酒を飲んでいた。シロなど神様と同じで、いくら飲んでも平気みたいで、ザルのように朝から晩まで飲んでいる。


「ケサランパサラン様、まだ月は出ていませんよ」

「よいのだ。皆の楽しい様子を見ているだけで、朕は気分がよい」


 そう言いながら、アンゴラウサギのような見目のケサランパサランはコロンと畳に転がる。月見団子には興味がないが、広間で行われる楽しいことには興味があるようだ。


「朕はケサランパサラン。朕の毛は幸福を呼び込む吉兆の印。幸福を与えることこそ、朕の歓びぞ……まあ、神の加護があるそなたには必要ないかもしれぬがな」


 そう言って、ケサランパサランは九十九を見あげた。

 九十九はケサランパサランから、綿毛をもらっている。きちんと白粉と一緒に、部屋の木箱で保管していた。幸福が訪れるという実感はないけれど、持っておくとなんとなく嬉しいものである。


「おっと、あまり朕が話しておると邪魔であるな」

「え?」


 ケサランパサランはおもむろに言うと、そのまま杯を頭に載せて跳ねていく。九十九は追おうとするが、うしろに誰か立っているのを感じてやめる。


「シロ様、いたんですね」


 パッとふり返ると、シロが九十九を見下ろしていた。

 「あとで行く」と返答され、それきりだったので少しばかり心配していたのだ。


「九十九が誘ったのだろう?」

「はい、わたしがお誘いしました。お団子食べ放題ですよ」

「うむ。では、九十九。作ってくれ、特大で頼んだぞ」


 シロは楽しそうに笑って、九十九に団子作りを要求する。しかし、九十九はそんなシロの手を引いて、広間に並んだ卓を示した。


「一緒に作るんです。シロ様の分は、シロ様が作ってください」


 九十九はシロを適当な席に案内する。シロはちょっと面倒くさそうにしながらも、九十九に導かれるままストンと座った。

 目の前に団子の生地と、あんこの入った容器を並べる。手につかないように、薄力粉も用意した。


「着物が汚れないようにエプロンもつけましょうね」


 九十九はシロの着物が汚れないように、用意していた割烹着を渡す。シロは大人しく袖を通してくれた。

 髪の毛も邪魔かもしれない。九十九はこんなこともあろうかと、用意しておいたシュシュを使って手早くシロの長い髪をポニーテールに束ねた。


「準備がいいな」

「はい!」


 九十九は気合の入った返事をする。

 けれども、不意にシロと目が合い、身が強張った。

 普段、シロはたいてい同じ装いだ。藤色の着流しに、濃紫の羽織。白い絹のような髪は束ねず無造作に垂らしているだけだ。

 男とも女とも言い難い見目はいつも通り美しい。割烹着を着ることで、いっそう艶めかしい女性的な側面を強く感じてしまう。髪を束ねたことによって、男性にしては細めのうなじがくっきりと見えている。おさまりきらなかった髪がひと房、肩に落ちた。


 び……美女すぎるのでは……。


 思った以上に似合っているという次元ではない。「これはこれで芸術なのでは?」と、九十九は目のやりどころに困ってしまった。


「ふむ。しかし、たしかにこれなら気兼ねなく団子が作れるな。九十九、感謝するぞ」

「あ……はい……」

「どうした? 九十九?」

「いえ……なんでも……」


 見れば見るほど、綺麗な女の人だ。

 普段はあまり気にならないが、シロはたしかに女性的でもある。力が強くて、比較的、骨格がしっかりしているため、男であることを疑わなかった。

 それに、シロは九十九の()だ。

 女の人のように見えなくもないとは言っても、そこまで意識することなどなかった。


「九十九よ」

「はい」


 そういえば、声も落ち着いているが、男性にしては高めの気がしなくもない。神様なので見目麗しいのは珍しくないが、こんなに中性的、いや、中間的なお客様を九十九は見たことがない。


「さては、儂の美貌に見惚れておるな」


 シロはニヤッと笑って、シャキーンとポーズを決めた。

 途端に、ドキドキするような美しさが色褪せて、ものすごい残念な空気が漂う。


「シロ様、珍しく空気を読みましたね! すごいです! それです、それ! そういう残念さが今は必要でした!」


 あ、これだ。これ、いつもの空気だ。

 九十九は飛びつくように、シロの手を握ってブンブンふった。


「む……その言い方は、どうなのだ。まるで、儂がいつも残念のような言い方ではないか」

「ソンナコトナイデスヨ」

「何故、棒読みなのだ!」


 シロは拗ねたように頬を膨らませる。子供のような仕草がいつも通りで、逆に九十九はホッとした。

 いもたきの夜から、妙にシロを意識してしまっている気がする。

 それは恋心なんて甘酸っぱいもののせいではなく……なんとなく、「シロに触れてはいけない」という意識が刻まれていたからだ。

 あのとき。

 シロは九十九のことを抱きしめながら、なにを考えていたのだろう。

 どうして、あんなに怯えていたのだろう。

 踏み込めない。

 約束があるからではない。

 近づけない空気だった。まるで、シロの周りに結界でも張られているかのような……。


「よし、九十九よ。特大の串団子を作るぞ」

「串が折れない程度にしてくださいよ」

「任せよ。儂はテクニシャンだからな!」

「なんですか、それ……」

「天照が、妻との共同作業のときに言うと九十九が喜ぶと言っておった」

「はあ……」


 九十九もシロの隣に座った。

 シロは嬉しそうに、団子の生地を千切って丸めている。その横顔を見ていると、九十九も心が休まる気がした。

 いろいろ思うところはあるけれど……シロが楽しそうなら、それでいいか。

 そう思えた。





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