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5.みんな一緒に!



 九十九と小夜子、そして将崇は同じ電車に乗って道後まで帰っていく。

 古い造りのままの路面電車から眺める夕方の松山市内も、それなりに情緒があって好きだ。新しい建物も多いが、昔ながらの古い看板やビルは見ているだけで人々の生活と歩みを読み取れる。路面電車のレール沿いに敷き詰められた石畳も温かみがあり、下町情緒を印象づけていた。

 何気ない生活に溶け込む空気感。

 改めて視線を向けて、初めて忘れかけていたよさを実感できる。

 そんな景色だと思っていた。


「今日は晴れててよかったね」


 小夜子に言われ、九十九はうなずいた。

 いもたきのような湯築屋の結界内で行うイベントは天候を気にする必要がない。しかし、今回は湯築屋の敷地内だが、結界の外だ。天気は懸念事項のひとつであった。

 中秋の名月に月が見えないのは、やはり物寂しい。


「うん。帰ったら、お月見団子作るの手伝おうっか」

「仕方ないな……」


 九十九は小夜子に言ったつもりだったが、将崇が勝手に肩を竦めている。どうやら、手伝ってくれるつもりのようだ。


「将崇君、ありがとう」

「べ、別に、手伝うなんて言ってないぞ!」

「あら、残念」

「しょうがないから、手伝ってやる……団子作りは爺様に教えてもらって得意だからな!」

「結局、どっちなの?」


 いつも通りの将崇を見て、小夜子もクスリと笑っていた。

 月見団子はたくさん用意したい。人手があるのは助かった。

 三人は終点の道後温泉駅で下車し、まっすぐ湯築屋へ向かう。途中の空き地や道後公園のほうから、秋らしい虫の声が聞こえ、月見気分を盛りあげてくれた。

 まだまだ夏のように暑いが、日が落ちると涼しくなる。

 夏よりも少しばかり冷たい風が、ポニーテールを揺らした。


「あ、そうだ。ねえねえ、小夜子ちゃん」


 九十九は唐突に思いついたことに対する意見を求めようと、小夜子に耳を貸すよう手招きする。

 小夜子の耳元で九十九の提案を告げると、小夜子は「それ面白い!」とうなずいてくれた。


「な、なんだよ! お前ら……俺を除け者にしようっていうのか!?」


 独りだけ会話に混ざれなかった将崇が口を曲げる。


「ううん、違うよ。将崇君のお陰で思いついたの」

「ん? 俺のお陰?」


 そう言うと、将崇は目の色を変えた。

 九十九の考えを伝えると、将崇も楽しそうにうなずいてくれる。きっと、気に入ってもらえると思っていた。

 三人は足並みを揃えて、湯築屋へと急ぐ。そして、ワクワクとした好奇心を抱えたまま玄関をあがり、厨房で作業している幸一のもとへと走った。


「あ、つーちゃん。おかえり……って、どうしたの? お腹空いたの?」


 厨房で出迎えてくれた幸一は、ズンズン迫ってきた九十九と小夜子と将崇の三人に気圧されている。火にかけられた鍋からは、甘い匂いが立ち込めていた――月見団子用に作っている、あんこだ。


「お父さん! プランの変更をお願いします!」


 九十九が勢いよく告げると、幸一は少しばかり驚いたあとに、ふんわりと春風のように笑った。


「うん、いいよ。つーちゃんの思いつきに応えるのが、僕の仕事だからね」


 九十九の思いつきで料理の予定を変えることが多い。いつも土壇場で申し訳なく思っているが……やはり、いいと思ったことは貫いてみたい。

 幸一も九十九の性分をわかったうえで、承知してくれた。


「じゃあ……お団子用のあんこと生地、大皿に載せてそのまま広間に運びましょう! お客様たちには、開催時間が早くなると伝えにいきます!」


 そこまで言うと、幸一も九十九がなにをしたいのか察してくれた。一瞬驚いたあとで、すぐに「面白そうだね」と言ってくれる。そして、すぐに準備に取り掛かった。

 将崇は厨房に残って、幸一を手伝うことにする。小夜子は従業員たちにプランの変更を伝え、九十九は宿泊しているお客様たちのところへ向かった。

 が、その前に。

 九十九は立ち止まって、宙を眺めた。


「シロ様」


 なにもない廊下に呼びかけた。

 すると、フッと背後に気配が現れる。まったく、わざわざ九十九のうしろに現れなくても……ふり返ると、シロが立っていた。


「どうした、九十九」


 呼べばすぐに現れてくれる。その安心感に、九十九は胸が軽くなった。

 けれども、本題は忘れない。

 九十九はできるだけ楽しげに笑って、シロの手を両手で握った。いきなり九十九から手を握られて、シロは琥珀色の瞳を瞬かせる。


「シロ様。お月見は参加しなくても、お団子は食べますよね?」

「……儂はあんこたっぷりの団子が好きだ。串団子がよい」

「お団子の好みを聞いたわけじゃないんですけど……まあ、いいです」


 妙なズレに流されないように、シロを握る手にグッと力を入れる。


「お団子、一緒に作りませんか?」


 ニッコリと満面の笑みで九十九はシロを誘う。


「お月見団子をみんなで作ることにしたんです。まだ日が落ちていませんし、月が綺麗に見えるまでの間、お客様みんなで好きなお団子を作って過ごしませんか?」


 九十九の誘いを受けて、シロは困惑したように視線を逸らした。

 やっぱり、駄目かな?

 不安がよぎった。


「……団子は、食べ放題か?」


 しばしの沈黙のあと、シロはおずおずと視線をあげる。


「はい! 好きなだけ食べて大丈夫です!」

「儂は外へは行かぬ」

「引き続き作ったお団子を食べながら、お酒を楽しんでいてください。伊波礼毘古様もシロ様と一緒に結界に残ってくれるそうです」

「特大を作るぞ?」

「食べられるサイズにしてくださいね?」

「儂を誰だと思っておる。さては、松山あげばかり食しておると思っているな?」

「そこまで言ってませんって」


 やはり、行事はシロにも参加してほしい。みんなで一緒に「楽しい」を共有したかった。

 月見団子を一緒に作るだけだ。たった一時の楽しみでしかない。

 それでも、少しでもシロと出来事を共有したかった。

 九十九のわがままで身勝手な思いつきだ。もしかすると、シロに無理を強いているかもしれない。

 でも、シロは快く受け入れてくれた。


「絶対に楽しみましょうね!」


 九十九が選んでシロを巻き込むのだ。

 責任を持って楽しもうと決めた。





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