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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
八.平成(最後の)モフモフ合戦ぴょんぴょこ!
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6.なにか怖いんですか?

 

 

 

 いつの間にか、いもたきの席からシロがいなくなっていた。

 そのことに気づいて、九十九は一寸迷う。

 なんとなく、「探さなきゃ」と頭の端に浮かんだのだ。

 理由は特にない。

 シロは基本的に気まぐれで、唐突に現れては、好きなときに消える。フラリとつかみどころがなく、すぐにどこかへ行ってしまう。でも、だからこそ、いつもは「またすぐに現れる」と思える安心感もあった。


「シロ様」


 九十九は確認するように、シロの名前を口にした。

 たいていは勝手に現れるが、シロは九十九の呼びかけには応えてくれる。

 けれども、数秒待っても、シロは姿を現さなかった。


「九十九ちゃん、どうしたの?」


 様子のおかしい九十九を心配して、小夜子が顔を覗いた。


「ううん……気のせいだと思うんだけど……」


 どうせ、いもたきを持ち帰り、どこかの部屋でお酒でも飲んでいるのだ。そう思って、九十九は首を横にふった。

 だが、そんな九十九に小夜子も首をふる。


「いいよ、行ってきて。ここは、みんなでなんとなるから」


 小夜子は笑った。

 九十九はなにも言っていないのに。


「え?」

「ほら」


 二の句を継がせず、小夜子は九十九の肩を叩いた。ポンッと触れた手が温かくて、九十九は思わず唇が緩んでしまう。


「わかった。すぐに戻るね」

「シロ様といい雰囲気になったら、そのまま帰ってこなくていいんだよ?」

「な……!」


 小夜子は悪戯っぽく笑いながら、チロッと舌を見せた。

 普段は大人しいのに、小夜子は妙に行動力がある。特に夏休みに兄の暁樹と実家に帰ったあとは、明るさも増したと思う。

 とてもいいことなのだけれど、たまに……うん。たまに、とても恥ずかしい背中の押され方をする。


「す、すぐ戻るってば!」

「いってらっしゃい」


 なにもないとは思うのだけど。

 九十九はそう思いつつも、小夜子たちにいもたきを任せて湯築屋のほうへと戻っていく。こういうとき、シロはどこにいるのだろう。

 そう思って考えた結果、やはり思いつく場所は一つだった。


「シロ様?」


 再び呼びかけたのは、シロが九十九の視界に入ってからだった。

 広い湯築屋の庭の中でも、一番高い場所。季節によって種類は変わるが、だいたいこの場所には大きな樹が立っていた。目が冴えるような眩しい黄色のイチョウの間から、藤色の着流しが見えている。舞い散る落ち葉は地に落ちることなく、塵のように消えてなくなる幻想の樹だ。


「九十九?」


 九十九の呼びかけに、シロが応じる。

 こちらを見下ろすシロは不思議そうに。されど、いつもと変わらぬ様子であった。


「呼んでも来てくれなかったので、探しにきました」


 シロから問われる前に、九十九は告げた。

 すると、呼びかけを無視した記憶があるのか、シロは難しい表情を作った。


「あとで行くつもりだった」


 なんとも、気のない返事だ。

 九十九は少しばかり、ムッと唇を曲げた。


「わたしは、今、会いたい気分だったんです」


 自分でもビックリするくらい、すんなりと言葉がわいてきた。

 そういえば、以前にここへ来たときも、「今すぐシロに会いたい」気分だった。


「そちらに行っても、いいですか?」

「……わかった」


 一歩、二歩と、九十九は樹へ向かって歩く。

 すると、樹の枝が蛇かなにかのようにグニャリと曲がった。枝は九十九の身体を易々と持ちあげ、樹の上へと運んだ。

 ストンと、九十九の身体はシロの隣におろされる。


「こんなところで、なにしてたんですか?」

「なにもしておらぬよ。少し風にあたっていただけだ」

「……ここ、結界だから風吹きませんよね」

「例えだ」


 適当なことを言って、のらりくらりとかわされてしまう。


「わたし、迷惑かけましたよね」

何故なにゆえ?」


 シロがいもたき会場を離れた理由は、九十九が思っているものと違うのだろうか。違和感を覚えつつ、九十九はたどたどしく言葉を重ねてしまう。


「わたし、わかってますからね……シロ様にとって、わたしは巫女で……そんなに大した意味なんてないって……すみません。わたし、変に意識してるみたいな反応しちゃって」


 なにを言っているのだろう。

 自分でもわからない。混乱して舌がもつれて、よくわからないことを言っている。言っているうちに、だんだん、両目に涙が溜まってきた。


 わたしが言いたいことは、こんなことなのかな?


 今すぐシロ様に会いたかった理由って、こんな言い訳をするためだったのかな?


「構わぬ。儂が悪かった」


 勘違いさせて、すまぬ。そう付け足されているような気がした。

 九十九は口を半開きにしたまま、シロを見つめる。

 シロは変わらない表情のまま、九十九に視線を返していた。


 シロ様は、今なにを考えているんだろう。

 どんな気持ちで、九十九の話を聞いているのだろう。


「シロ様がわたしを好きになるなんて、ありえないですからね」


 自分で言いながら、胸が痛くなった。自らの手で、割れたガラスの破片をつかんで押し込んでいる気分だ。

 めりめりと、抉るように胸の中が軋む。


「わたしは……ちゃんと、巫女をやれるようにがんばります」


 あ……涙、こぼれちゃう。


 そう思った瞬間、実際に涙はこぼれなかった。


「――――」

「…………」


 実際は、涙がこぼれる前に九十九の身体は、強い力で押さえつけられていた。

 それがシロの腕にきつく抱きしめられているのだと理解するのに、とても時間がかかってしまう。


 背骨が軋んで、とても痛い。

 いつものような、優しくて労わるような温かさなんてない。

 本気を出せば逃げられるなどという余裕は一切ない。

 ただただ、力強くて。

 ただただ、激しい。

 肩越しに感じるシロの息づかいが震えている。


「え、っと……シロ様……?」


 こんなに近いのに、九十九の声など聞こえていないのだろうか。シロは九十九を捕える手を緩めなかった。


「い……痛い、です……」


 そう言うと、ようやくシロは我に返ったように、九十九の身体を解放した。半ば突き飛ばされるようにシロの身体から離されて、とても寒く感じる。

 今の間になにが起きたのか、理解できなかった。


「すまぬ」


 シロはポツリと言って、九十九から視線を逸らす。

 その様がとても突き放されているような気がして、酷く寂しさを覚えてしまう。


「シロ様?」


 どうしてだろう。

 九十九には、シロの肩が震えているような気がした。


「……なに、怖がってるんですか?」


 シロがなにかを怖がっているように見えた。

 怯えているのではないか。

 神様であり、湯築屋のオーナー。この結界の支配者で、絶対の力を持っている。それなのに、なにを恐れるというのだろう。九十九の考えはとてつもない見当違いだと、考えればすぐに理解できる。

 それでも……九十九には、そう見えてしまったのだ。


「儂は……違う……」


 微かな声が唇から漏れている。

 シロはなにに怯えているのだろう。

 それは九十九の感じとることができないことだ。

 きっと、九十九が知らないこと。今の九十九には言えないことだ。

 安易に聞いてはいけないこと。


「大丈夫ですよ、シロ様」


 なにもわかっていない。

 わかっていないけれど、九十九は笑みを作った。


「シロ様は大丈夫です」


 泣いている子供をあやすように。

 九十九はそっとシロの頭に手を伸ばした。

 白い絹束のように滑らかな髪に触れる。狐の耳がピクリと指の間で動いた。


「よしよし」


 さっきまで、泣きそうだったのは九十九だったのに。

 なんだか、おかしな話だと思った。

 そう思うと、さきほどまでのグチャグチャとした気持ちはどこかへ消えていた。


何故なにゆえ、そなたはそうなのだ……」

「え?」


 これは問いかけだったのだろうか。

 シロの言葉に、九十九は声を詰まらせてしまう。


「…………」


 戸惑っている九十九の前に、フッと灯を吹き消すような小さな風が起こる。

 次の刹那には、シロの姿は綺麗さっぱり消えてしまっていた。きっと、霊体化して姿を隠したのだ。


 今のは、なんだったのだろう。

 いつの間にか、おさまっていた涙の代わりに不安が胸を占領していた。

 

 

 

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