5.独占欲
「あ、あうっ!?」
「うふふ、師匠っ!」
コマの変化した姿が、その代の巫女に似ることは知っていたが……実際に九十九と似た娘が他の男(しかも狸!)に抱きつく姿を見ると、夫であるシロとしてはあまりよい気持ちはしなかった。
「むぐぐ……なんだか、むずむずするぞ」
シロは奥歯をギリギリと噛んで、少し苛立ってみせる。
本物の九十九の顔をうかがうと、恥ずかしそうに二匹を見ていた。まあ、自分に似た姿の娘が他人に抱きついているのだから、当然か。人として普通の反応だと、シロは片づけた。
そんな光景を眺めているうちに、お楽しみのいもたきが配られる。
まずは客を先に行かせ、シロはのんびりと構えていた。
しかし、こうして見ると以前に増して宿の客層は多様となったものだ。
いもたき会場を眺めて、シロはそんな感想を抱く。
妖や鬼の類は前から宿泊していたが、そこまで数は多くなかった。もっぱら、神ばかり。しかも、日本神話の神に限定されていた。
それが、今では女将の営業の甲斐あって、ゼウスなどの外国の神も訪れるようになっている。自覚はなさそうだが、若女将の人柄に惹かれた妖や鬼も集まっていた。
ここは、もう――シロが遥か昔に望んだ空間ではなくなっている。
そして――。
「やっぱり、みんな一緒が楽しいですね」
すぐ手の届く位置に、一輪の花が咲いている。
シロには、その花は周囲とは違う。誰よりも美しく、誰よりも強い花に見えていた。
その花は常に輪を好み、いつも客に真摯であった。自分なりに全力でぶつかっていく。
「九十九よ」
シロはつい、口を開いていた。
花――九十九は不思議そうに、シロを見あげる。
「儂の里芋、少なくないか?」
「はあ」
些細なことだ。別段、自分に配られたいもたきに不満はなかったが、そんなことを言って困らせてみたかったのだ。
「仕方ないですね。一個分けてあげますから我慢してください」
「流石は我が妻」
九十九が里芋を持ちあげた瞬間、シロは待っていたとばかりに、さっと自分の口を近づけた。
箸が摘まんでいた里芋を口におさめる。
九十九の顔が最初はポカンと、そして、すぐにカァッと赤くなっていく。
客ばかりを見ていた九十九の瞳が、シロ一人だけを見る。
その瞬間が堪らなく嬉しくて、思わず頬ずりしたくなった。腕におさめて、どこへも行かせたくない。
此れを自分だけのものにしたい。
そう思考が至ったところで、シロの動きが止まった。
わなわなと、身体の奥から湧きあがるものがある。
此れは、儂が嫌っていたモノではないか。
「むしろ、九十九ちゃんとシロ様が熱々だよね」
「小夜子ちゃん、違う。そうじゃないの!」
慌てふためく九十九を眺めていると、なんとも言えず、気分が優れなかった。
自分が困らせているという優越感と満足感。そして、そう思い至らしめる独占欲は――シロが最も嫌うものではないか。
それなのに、自分はこの状況を愉しいと思っている。
どうしようもなく矛盾しており、頭が痛い。
「どうした、食べぬのか? 食べぬなら、朕がもらってもよいか?」
九十九から距離をとろうとしたシロに話しかけたのはケサランパサランであった。
モフモフのアンゴラウサギのような容姿の妖は、モグモグと口を忙しく動かしながらシロを見あげている。
「此れは、儂のいもたきだ。やらぬ」
「それは残念」
ケサランパサランは大して残念でもなさそうに、モグモグと自分のいもたきを貪る。それにしても、前足と前歯で器用に食べていた。
「そなた、何故、未だ巫女と結んでおらぬ?」
それはケサランパサランだけが抱く疑問ではない。
他の妖や神にとっても、同じであろう。
自分の巫女であること、それは、供物。もっと乱暴な言い方をすれば、贄である。シロには九十九を巫女として、喰う権利もあれば戯れに殺す権利すらある。
当然、シロは巫女を妻として娶っているのだから、結ぶ権利はある。
それは神に与えられた特権だ。
だのに、シロはそれを行使していない。
人ならざる者にとって不可解な行動であった。
「一つは、九十九に関しては先代の意向がある。あれが一人前になるまでは、巫女としての修行はさせぬと」
先代の巫女である湯築千鶴は九十九が学業を修めるまでは巫女としての修行はさせず、待ってほしいという意向をシロに伝えていた。それは学業を修めながら巫女の修行をしてきた千鶴と同じような苦労をさせまいという配慮である。
生まれたときから結婚が決まり、巫女として育てなければならない湯築家の環境は現代社会において異質であり、馴染まない制度なのだそうだ。巫女がそれを望むなら、シロも倣うのはやぶさかではない。
「もう一つは?」
ケサランパサランは見透かしたように、シロへの問いかけを続けた。
「もう一つ――」
口を開きかけて、シロは首を横にふった。
「それだけだ。他に理由などありはせぬ」
九十九に湯築の巫女としての務めをさせていない理由など、それしかない。
それだけだ。
だから、シロが今、言いかけたことは相応しくない言葉だ。巫女を娶る神として、あるまじき発言であると自覚し、発するのをやめた。
否、そのようなことなど、考えておらぬ。
儂は、彼奴とは違うのだから。
「ふむ。そうか」
ケサランパサランはそれだけ言うと、ピョコピョコ跳ねて、いもたきのおかわりを取りにいった。




