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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
八.平成(最後の)モフモフ合戦ぴょんぴょこ!
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4.シロ様はずるいです

 

 

 

「こんこんこん おいなり こんこんっ!」


 煙の中から浮きあがったのは、女の子の姿だった。

 まだ少女の域を出ない丸くて垢抜けない頬。くるりと丸いが、凛として意志が強そうな瞳。ほっそりとしたうなじのうしろで、くるんとポニーテールの毛先が踊っている。

 コマの変化した姿は、とても九十九に似ていた。


「ど、どうですか……?」


 九十九に似た姿のコマは顔を真っ赤にしながら、両手をモジモジとあわせる。

 しかも、何故かパジャマ姿だ。どうして、パジャマ姿なのだろう。バストラインまでクッキリと見えてしまっており、何故か九十九が恥ずかしくなった。


「お……お、おう……」


 将崇は言葉を失ったように、口を半開きにしていた。


「やっぱり、下手ですよね……ウチの変化……」


 コマは九十九の姿のまま、悲しそうに視線を下げた。パジャマ姿の少女から、いじらしい視線を向けられて、将崇はなにも言えないようだ。顔を赤く染めたまま、固まってしまっている。


「下手じゃないよ。とっても、上手に変身してるよ……!」


 語尾に「なんで、わたしのパジャマ姿なの?」と続けたいところを我慢して、将崇の代わりに九十九がコマに声をかけた。


「本当ですかっ?」


 コマは嬉しかったのか、パァッと表情を明るくした。その途端、隠していた狐の耳と尻尾がピョコンッと生える。油断すると出てきてしまうようだ。


「お、おう……すごい綺麗だぞ」


 将崇は放心した状態のまま、そううなずいた。「綺麗」がコマの変化のことを表しているのか、コマが変化した姿のことを示しているのか、この状況ではわかり兼ねるが。


「ありがとうございます、師匠っ!」


 コマは狐の尻尾をブンブンふって、将崇に飛びついた。

 感極まったようで、目尻に涙まで浮かんでいる。


「あ、あうっ!?」

「うふふ、師匠っ!」


 九十九によく似た姿のコマに抱きつかれて、将崇が顔を真っ赤にしたまま悶絶していた。

 あれはコマだ。九十九自身ではない。そうわかっているのだけれど、目の前で自分と似た姿の女の子が、シロ以外の男(狸だけど!)に抱きついている姿を見るのは複雑な心境だった。いや、別に九十九はシロに対して抱きついたりしないのだけれど。


「むぐぐ……なんだか、むずむずするぞ」


 なにか思うところがあったのか、隣でシロが歯ぎしりしていた。

 九十九と同じ気持ちでいてくれているのだろうか。それとも、単に自分の巫女を盗られた気分になって面白くないのだろうか。九十九には、わからなかった。

 けれども、どちらであってもいいような気はした。


「師匠っ、ウチがんばりますねっ!」


 コマはそう言って両手を握りしめる。尻尾がうしろでブンブン揺れていて、忙しい。

 そう言っている間に、身体が煙に包まれてしまう。みるみるうちに、コマの姿はいつもの子狐へと変じていってしまった。

 たぶん、三十秒ほどしか変化できていなかったと思う。とても「人間に化けられる」と言える時間ではなく、コマが自信を無くしていたのもうなずけた。


「いもたきができましたよ」


 声をかけてくれたのは幸一だった。

 春風のような優しくてふんわりとした笑みで、お客様たちにいもたきを振舞っている。ケサランパサランがいち早くピョンッと跳ねて、鍋へと向かった。


「朕に、いもたきを寄越すがいい!」


 ケサランパサランはあいかわらずの態度で、発泡スチロールの器を前歯で咥えた。トントンと前足でいもたきを要求され、幸一は温かい表情で応えている。


あたしのもちょうーだい☆」


 ケサランパサランのあとに続いたのは、愛比売命えひめのみことであった。伊豫豆比古命神社、通称、椿神社に祀られている神様である。愛媛県の県名の由来にもなっており、地元では馴染み深い縁起開運と商売繁盛の神様だ。

 お祭りの席では、性格が変貌して「イマドキJK」のような姿と喋り方になる。とてもお祭り好きな女神であった。湯築屋のお客様たちといもたきをすることにした際、真っ先に誘ったお客様でもある。


「あらあら、にぎやかなのはよいですわね」


 長期連泊中の天照大神も発砲スチロールの器を持って列に並んでいる。こちらのお客様には、わざわざ伝えなくとも湯築屋のイベントはたいてい筒抜けであった。流石は長期連泊の引きこもり、いや、常連客である。

 他にも、九十九の誘いで来てくれた神様がたくさんいる。

 遠方にもかかわらず、ギリシャからはゼウスとヘラ、アフロディーテが親子水入らずでいもたきを楽しんでいた。アフロディーテの恋人であるジョーの姿が一瞬見えなかったが、会場の隅でタブレット端末を叩いていたので、きっと、曲作りでもしているのだろう。

 いもたきは土地の神に新芋を供えて、その年の豊作を祈願する風習が由来とされていた。神様をもてなす行事としては、適している。

 コマの変化が解けて落ち着いた将崇も、いもたきを食べている。お客様の分を配り終わったら、小夜子や八雲といった従業員たちも混ざっていった。小夜子の隣には、鬼の蝶姫も並んで座っている。


「美味しいですぅ」


 子狐の姿に戻ったコマが、いもたきの具をフーフーと冷ましながら口に運んでいる。

 九十九も幸一の手から、熱々のいもたきを受け取った。


「やっぱり、みんな一緒が楽しいですね」


 いもたきの具材は基本的にはシンプルだ。

 コロコロと丸い里芋、大きめに切った鶏肉、乱切りのにんじんやゴボウ、軟らかく煮たうどん。地域によって具材や味付けは変わる。

 お出汁に口をつけると、ふんわりと和風出汁と醤油の香りが鼻に抜けた。口の中には、甘めの味が広がる。幸一らしい優しくて上品な味だ。

 コロンとした里芋を口に運ぶと、熱くて身体が震えてしまう。ハフハフと少しずつ噛みながら、九十九は口を押えた。湯気が口の端から漏れて、少し涙目になってしまう。


「美味しいね」


 自分のいもたきを食べながら、小夜子が笑いかけてくれた。

 九十九は「うん!」と元気よくうなずく。


「九十九よ」


 そうしていると、シロが神妙な面持ちで九十九のいもたきを眺めていた。

 なにかあったのだろうか。

 九十九が首を傾げると、シロは難しそうな顔で、


「儂の里芋、少なくないか?」

「はあ」


 そんなことだと思った。

 従業員は最後のほうに配ったので、里芋の数にバラつきが出てしまったようだ。しかし、確認してもシロの里芋が極端に少ないわけではない。むしろ、似たようなものだと思う。それでも、シロには不満だったようだ。

 九十九はため息をつきながら、自分の里芋をお箸で一つ摘まみあげる。


「仕方ないですね。一個わけてあげますから我慢してください」

「流石は我が妻」


 九十九が里芋を持ちあげた瞬間、シロは嬉しそうに声を弾ませた。そして、急に口を近づける。


「なっ……!」


 急に近づいたシロの口が、九十九の端が摘まんでいた里芋をパクリ。

 一口でペロリと里芋を食べて、シロは満足そうな顔で咀嚼していた。


「な、な……えっと、その……熱くないんですか!?」


 ビックリしすぎて、突っ込みどころが見当違いな方向になってしまった。いや、そうじゃない。そういうことではない。自分で自分に突っ込むのに、上手く言語化できなかった。


「うむ、熱くはないぞ」

「そうなんですか!」


 当然、会話も見当違いな方向に進んだ。しかし、シロはこれが正常な反応だと思っているようだ。やっぱり、神様はちょっとズレている。


「むしろ、九十九ちゃんとシロ様が熱々だよね」

「小夜子ちゃん、違う。そうじゃないの!」


 小夜子の言葉に、九十九は涙目で訴えた。最早、なにを訴えているのか自分でもわからなくなってしまっていたけれど。


「若女将と白夜命様は仲睦まじいですからね」

「コマまで!」

「かような場所で、恥ずかしい夫婦めおとじゃ」

「蝶姫様!」


 絶対にからかわれている。そう思って、九十九は小夜子やコマに弁明しようとした。けれども、言葉を重ねれば重ねるほど、ドツボにハマる気がする。

 こんなの。こういうの、違うのに。

 九十九は必死で言葉にならない弁明を思い浮かべた。

 ふと。


 ――シロ様に迷惑かけてる……!


 と、考えてしまう自分がいた。


 何故、そんなことを考えてしまったのかまったくわからない。わからないけれど、そう考えてしまっていた。

 だって、九十九はシロの妻だが湯築の巫女で……代々娶ってきた巫女の一人に過ぎない。

 いわゆるビジネスライクな関係で、決して、シロは九十九を愛しているわけではない。

 だから、こういうのはシロに迷惑だ。


 胸がキュッと締まった。

 息苦しくて……目の前が真っ白になりそうだ。


 シロはズルい。


 だって、シロは神様だからこんな気持ちになど、ならないのだから。

 

 

 

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