3.狐も狸も兎も仲良くしましょうね!
湯築屋の秋は庭が鮮やかだ。
庭を埋め尽くすように咲く彼岸花が絨毯のようだった。秋が深まってくると、紅葉の幻影によって、木々も紅く染まる。木の葉は枯れることなく赤々とした色を放ち続け、ある日、パッタリと別の様相に変わる。それは、雪であったり、椿であったり、冬の模様であったり。
最近は、シロがテレビでハロウィンを覚えたため、唐突に庭がカボチャで埋め尽くされることもあるけれど。
要するに、湯築屋の庭はシロの気分次第。
シロが飽きれば、別の風景となる。稀に、季節の移り変わりを忘れて、冬半ばまでコスモスが咲いているということもあったが。
湯築屋のいもたき会場は、当然、庭に準備されていた。
大きなアルミの鍋を囲うように、大小のブルーシートが並べられている。料理長の幸一が大量の具材を鍋に投入し、味の調整を行っていた。用意された器は、野外イベント感を出すため、発砲スチロールのどんぶりと割り箸だった。
まさに、いもたきの定番スタイル。
「月がないのが、なんとも寂しいものだ」
そうボヤいたのは、ケサランパサランである。
九十九はなんとなく、頭上を見あげた。
広がっているのは、藍色を溶かし込んだ黄昏のような空。沈みゆく太陽も、見下ろす月もなく、星の瞬きも身を潜めている。
九十九にとっては見慣れた景色だが、ケサランパサランの言う通り、寂しいものであった。
「月見酒などしてしまったら、酔うまで呑んで我が妻に叱られてしまう」
ケサランパサランのつぶやきに返したのは、シロであった。
シロは道後ビールの小瓶を持ったまま、ふらりと九十九の隣に立った。道後ビールを見て、ケサランパサランは「ほむ。美味そうだ」と目の色を変えている。
「でも、シロ様。幻影で月も出せるんじゃないですか?」
「月でも花火でも好きなようにできるぞ」
「じゃあ、やればいいのに」
こんなに空が寂しいのだ。月や星くらいあってもいいと思う。
実際、ケサランパサランのように空を寂しいと言うお客様は他にもいた。
「できぬことはないが、やるかどうかは別の話だな」
「どういうことですか?」
九十九の問いに、シロは押し黙ってしまう。
その沈黙が、九十九にも口を閉ざすことを強いているような気がした。
「ぽんっ!」
「わあっ! 流石は師匠っ! すごいですっ!」
いもたき会場で、黄色い声とパチパチと拍手が聞こえる。
見ると、将崇の変化を見たコマが、ピョンピョコ跳ねながら手を叩いていた。将崇は気をよくしたのか、「このくらい、朝飯前だ!」と言いながら頭に葉っぱを載せて跳ねる。すると、ボワンッと煙があがって、小さな狸から人間の少年の姿に変化していた。
「ふっふっふっふっ!」
将崇は腰に両手を当てて、高笑いしていた。そうとう気分がいいらしい。
「ぽんっ!」
ボワンボワンッと再び煙があがると、今度は女の子の姿になっていた。丸い垂れ目がチャーミングな愛嬌のある少女だ。
「女の子にもなれるなんて、すごいですっ!」
コマは小さな手を物凄い速さで動かして、小刻みに拍手をした。音がパパパパパパパパンッと連続して休む暇がない。
「お前だって、やれば変化できるんだろ? 妖気は強くなさそうだが、狐なんだし」
将崇は女の子の姿のままで胡坐をかいてブルーシートの上に座る。九十九は女の子なのにそんな座り方をしたら……と、思ったが、ズボンの学ランなので平気であった。
将崇の問いに、コマは「う……」と口ごもる。
「ウチ、あんまり……得意じゃないんですぅ……」
しょんぼりと、耳と尻尾を下げてしまうコマ。
「一瞬くらいは化けられるだろ?」
「ま、まあ……一分くらいなら、なんとか……でも、ウチ……想像力ないので知ってる人に似てしまって……」
将崇に求められて、コマは小さな身体をモジモジと左右に振った。
「最初は誰だってそんなモンだろ。変化してないと感覚だって鈍るぞ」
「う……たしかに……」
コマは少し考えたあとに、渋々とうなずいた。
苦手だからと言って、やらなければいつまで経っても上達しない。もちろん、湯築屋では変化しなくてはいけない場面はない。妖気を自在に操れる必要もなかった。上達したところで使い道はあまりないのだが……やはり、コマも化け狐だ。いつまでも化けられないのは、格好がつかないのだろう。
それに、変化が上手ければ湯築屋の外での用事ができる。
買い物に行ったり、届け物をしたり。それはそれで、便利だとは思う。
そういえば、九十九はコマの変化した姿を見たことがない。純粋に興味があった。
「じゃあ、ちょっとだけ……」
コマは恥ずかしそうに顔を赤くしながら、グッと両手を握りしめた。
「こんこんこん おいなり こんこんっ!」
将崇が口で「ぽんっ!」と言って変化するのと同じだろう。コマの変化にも「掛け声」のようなものが必要なようだ。
コマの小さな身体がモクモクとあがった煙に包まれる。そして、その中でピョンと跳ねて宙返り……しようとしたら、そのまま着地できずに「あふっ」という声と共に地面に四肢をついてしまう。
それでも、変化自体は成功しているようだ。煙が晴れると、人間の姿が薄っすらと浮かびあがった。




