表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
八.平成(最後の)モフモフ合戦ぴょんぴょこ!
88/288

2.いもたきは県民の義務ですから

 

 

 

「朕は露天風呂でお酒が飲みたいのだ」


 そんなお客様の要望を叶えるべく、盆に冷酒を載せて九十九は露天風呂へと足を踏み入れる。男湯へのお届け指定だったため、どうやら、アンゴラウサギ風の見た目をしたケサランパサランは雄、いや、男性だったらしい。


 カランコロン。

 ぷかぷかぶくぶく。


 湯気のあがる湯船に浮かんでいるのは、綿飴、ではなく、ケサランパサランだった。水を吸った体毛がビターンと湯に広がっている。

 狸姿の将崇も一緒にぷかぷかと浮いていた。

 なんだか、動物園みたい……と、言えば、たぶん怒られるので言わないことにした。


「お客様、ご注文の品をお持ちしました」


 九十九はそう言いながら、露天風呂の岩場に盆を置いた。

 風呂桶風の器に載っているのは、ガラスの徳利とお猪口。そして、小鉢。


「こちらのお酒は、道後蔵酒です。フルーティーな甘みと、独特の香りが楽しめる地酒ですよ」


 お酒を勧めると、ケサランパサランは興味深そうに赤い目を細めた。ぷかぷかと浮いたままこちらへ移動してくる。

 空気を含んでいるのか、濡れた体毛にはぷくぷくぷくと小さな気泡がついていた。


「ほお、どれどれ……むむ!? この小鉢は、まさか……!」


 ケサランパサランはチョンッと露天風呂の岩場に飛び乗って、桶の中を覗き込んだ。

 地酒ももちろんだが、彼が興味を惹かれているのは、隣に置かれた小鉢であった。薄く醤油の色がついた里芋や軟らかく煮た人参、鶏肉などが入っている。

 パッと見ると、里芋の煮物だが……。


「いもたきです」

「やはり! いもたき!」


 ケサランパサランの目の色が変わった。毛の中に沈んでいた耳がピッと二本立つ。身体をブルリと震わせたせいで、ビチャァッと湯が散った。


「朕、いもたき大好きだぞ。でかした!」


 いもたきとは、愛媛県の秋の風物詩。

 里芋を中心とした具材を大きな鍋で煮て、みんなで囲むのだ。

 河原などで特設会場が設営され、「いもたき大会」を開催する地域も多い。もちろん、家庭でも同じものを作って楽しむことは可能だが、やはり、外で鍋を囲むのは格別だ。


「露天風呂酒もいいが、朕はいもたきがやりたくなったぞ! 食べたいぞ!」


 ぴょこんぴょこんと飛び跳ねながら、ケサランパサランはいもたきに大興奮していた。

 前足で器用に徳利を持ちあげてグイッと清酒を飲み干してしまう。ふわふわの見た目に反して豪快すぎる飲みっぷりだ。


「お、俺はどっちでもいいんだからな! ケサランパサランがやりたいって言うなら、考えなくもないけどな! いもたきなんて、別に毎年やってるからな!」


 聞いてもいないのに、将崇が顔を赤くしながら叫んでいた。しかし、茶色い尻尾がクイクイ揺れており、とても嬉しそうだ。


「狸の里でも、いもたきやるの?」

「当たり前だぞ。お前、俺をなんだと思っているんだ。伊予狸の総大将、隠神刑部いぬがみぎょうぶの孫だぞ」

「関係なくない?」

「里のいもたきはすごいんだぞ。こんなチンケな宿のより、ずっと豪華だ!」


 将崇は張り合うように胸を張って、腰に手を当てた。だが、小鉢に盛られたいもたきを一口食べると、「う……美味すぎる!」と目の色を変えている。

 彼は天邪鬼だが、どうしようもない正直者でもあった。


「そう言うと思って、いもたき大会の準備をしていますよ」


 九十九はお客様二人を眺めて、ニコリとした。

 ケサランパサランも将崇も、パァッと表情を明るくして「本当か!?」と叫んでいる。

 元々、今日はシロの提案で湯築屋のいもたき大会が予定されていたのだ。

 幸一の作ったいもたきがたくさん用意されている。そこにケサランパサランや将崇も加わってくれればいいと思って、九十九はあえておつまみとして、いもたきを小鉢に盛ったのだった。

 いもたきは愛媛県民にとっては、秋の風物詩。

 本日は、現在の宿泊客以外にも常連を呼んでいるため、賑やかなほうがいいだろう。


「朕は先に行くぞ」


 ケサランパサランはモフモフの身体をボールのように弾ませながら、脱衣場のほうへと向かってしまう。


「あ、ずるい!」


 ケサランパサランに続いて、将崇が湯船から跳びあがった。


「お客様、浴場では跳んだり走ったりしないでください!」


 我先にと脱衣場へ急ぐお客様に当たり前の注意をする。二人は顔を見合わせたあとに、少しだけシュンとして「……わかった」と声を揃えた。

 湯築屋のお客様は神様だが、なんでもしてもいいというわけではない……二人は妖だけれど。


「ゆっくりご準備ください。いもたきは逃げたりしませんから」


 九十九が笑顔で続けると、二人は「わかった!」と述べて脱衣場に歩いていく。

 もっとも、ケサランパサランは跳びはねての移動しかできないようだ。将崇がもふもふの身体を頭に乗せて運んでいた。

 そういえば、ご来館のときも将崇に運ばれていた。むしろ、ケサランパサランの口ぶりからして、将崇のことを運転手というか足のように使っている印象だ。

 ケサランパサランも将崇も態度は少々不遜で大きいが、とても聞きわけがいい。こういう言い方をすると怒られそうだが、眺めていると「いい子だな」と微笑ましくなる。

 神様だって、威厳のある喋り方をしているが、実際の中身はシロのようなものだったりもする。九十九にとって親しみやすい神様が多かった。

 妖のお客様は全体的に少ないのだけれど。


「いもたき、楽しくしましょうね」


 せっかくのいもたき大会だ。

 やはり、楽しまなくては。

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ