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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
八.平成(最後の)モフモフ合戦ぴょんぴょこ!
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1.モフモフなお客様たち

 平成最後のエイプリルフールですね。

 平成に間に合ってよかったです。

 

 

 

 シャン、シャン。


 湯築屋に鈴の音が鳴り響いた。

 お客様が結界の中へ入った音だ。アルバイトの小夜子の提案で、最近採用されたシステムである。これにより、従業員たちが集まり玄関でお客様をお出迎えすることができるのだ。

 鈴の音を聞いて、九十九も急いで玄関へと向かった。

 もちろん、走ったりはしない。できるだけ急いで、だ。もっとも、着物だと大股で歩くことがかなわないため、小さめの歩幅でチョコチョコ歩くことになってしまう。


「お客様っ! いらっしゃいませ!」


 九十九より先に、コマが玄関へ辿り着いていたようだ。元気のいい声が聞こえてきた。九十九も気を惹きして、楓柄の袖をピッと伸ばして姿勢を正す。


「いらっしゃいま……あれ? 将崇君?」


 玄関に立つお客様を見て、九十九はパチパチと目を見開く。

 そこにいたのは、クラスメイトの刑部将崇だった。クルリと愛くるしい目に、なんだかすこぶる不機嫌そうな表情を浮かべている。

 人間として学校に通っているが、彼の正体は化け狸であった。普通の人間のように、湯築屋の結界に阻まれることはない。

 ただし、彼の場合は九十九に対して手を出した(・・・・・)前科があるため、シロから一方的に「出禁」をくらっているはずである。こんなにアッサリと湯築屋に入れるはずがないのだが……。


「勘違いするなよ! お前に会いにきたわけじゃないんだからなっ!」


 将崇は聞いてもいないのに、勝手に顔を真っ赤にしながら叫んだ。


「え、うん……わかってるよ?」

「なに納得してんだよ!」

「どっちなの?」


 将崇の言っていることは、いつもよくわからない。

 九十九が困ってしまったが、将崇の腕に抱かれたモノを見て眉を寄せた。

 将崇が抱いていたのは、大きな「モフモフ」である。

 サッカーボールほどの白くて丸いモフモフの綿毛であった。一瞬、毛糸玉のようにも見えたが、どうにもソレは生き物のようだ。


「将崇君、ソレなに?」


 九十九が問うと、将崇が口を開くより前に白い物体が動いた。

 ピクンと跳ねるように、小さな耳が二つ立ちあがる。そして、大量の毛玉の間から赤い瞳がキラリと光を放った。モゾリと動く様が少し不気味で、九十九は身震いしてしまう。


「ソレとは失敬な」


 口のようなものは見当たらないが、毛玉は妙に威圧的な態度で九十九に抗議をしていた。変声期前の少年のような高めの声だったためか、ほとんど恐怖は感じない。

 毛玉はボールのように将崇の腕から足元へと飛び跳ねた。そこで、初めて手足がついていることに気がつく。

 小さな耳に、毛玉のように丸っこい身体。

 アンゴラウサギみたいだと思ったけれど、九十九は声に出さないでおいた。


ちんはケサランパサラン。神の営む湯屋で働く者ならば、名くらいは知っておろう」


 ケサランパサラン。

 江戸時代以降、民間伝承として語り継がれてきた謎の生き物とされている。外観はたんぽぽの他のような不思議な綿毛で、空中をふわふわと漂っているらしい。箱に入れて白粉おしろいを与えると増えるとか、幸運を運んでくるとか言われている。


「さあ、が高いのだ。朕をもてなすがよい」


 アンゴラウサギ……ではなく、ケサランパサランはもふっとした胸を尊大に張りながら、九十九にそう命じた。

 経緯はわからないが、お客様として訪れたことに間違いはないらしい。

 それならば、おもてなしをしない理由などなかった。


「承知しました、ケサランパサラン様。湯築屋へようこそいらっしゃいませ! 若女将の湯築九十九と申します。どうか、よろしくおねがいします」


 九十九は玄関に膝をつき、ていねいに三つ指をついてお辞儀した。ケサランパサランの表情はもふもふすぎる毛玉によって見えにくかったが、「うむ」と満足げに返答する。


「ふむふむ……当代の巫女も実に素直で美しいな」


 ケサランパサランはピョンッとジャンプして玄関へとあがる。見た目がアンゴラウサギなので履物もなく、スリッパを勧める必要もない。


「そうであろう? 我が妻は美しいであろう?」


 ケサランパサランの独り言のような呟きに応じたのは、シロであった。いつものように、いないと思っていたら急に現れる。実際のところ、九十九のことはいつも見ているらしいので、そばにいない時間などないのかもしれない。

 驚くこともなく、ケサランパサランは半分毛玉に埋もれた目をシロに向けた。


「嗚呼、そなたのようなざりものには、勿体ないほどにな」


 雑ざりもの、という言い回しが妙に引っかかった。

 ケサランパサランは厳密には妖の類である。(ものすごく落ち着きはないけれど)仮にも神様であるシロに対して、そのような言い方をするのは違和感があった。

 対して、シロは気に留めていない素振りで九十九の肩に手を回している。


「未だ結んで(・・・)いないとはな」


 ケサランパサランはボールのようにぽよんぽよん跳ねながら、そんなことを言った。仲居頭の碧が、ていねいに対応して客室へとご案内していく。


「…………」


 九十九には意味がわからないが、シロは一瞬だけ表情を曇らせたように思う。しかし、反論はなかった。

 これもシロの「九十九に知られたくないこと」なのだろうか。

 そう察したので、九十九は黙っていようと決める。

 けれども、同時に「もしかすると、ケサランパサランに聞けばシロのことがわかるかもしれない」という甘い誘惑が芽生えてしまう。

 九十九は首を横にふった。

 だって、自分は待つと言ったのだから。

 シロが話すのを待つと決めた。だから、この話はここで忘れよう。そうするできだ。


「わあ! すごいですっ!」


 ケサランパサランに気をとられている間に、コマが黄色いを声をあげていた。


「はんっ! この程度、朝飯前だぞ!」


 将崇が変化へんげを解いて狸の姿になっていた。コマと並ぶと、ちょうど同じくらいの背丈である。胸を張る将崇に、コマが小さな手でパチパチと拍手をしていた。


「ウチ、全然上手く化けられないんです……あんなに上手に化けられるなんて、尊敬しますっ!」


 コマは化け狐だが、変化が得意ではない。短時間なら可能らしいが、九十九はコマが実際に変化してるところを見たことがなかった。

 そんなコマには、変化が得意で毎日、人間に混ざって学校へ通っている将崇が輝いてみるのだろう。瞳をキラキラと輝かせながら、尊敬の眼差しを向けていた。


「すごすぎますっ! かっこいいです! ウチにも教えてください!」

「ば、馬鹿野郎……そんなに褒められたって、嬉しくないんだからな! 馬鹿にするな!」

「でも、すごいものはすごいですっ!」


 将崇はコマから讃えられすぎて、調子が狂っているようだ。けれども、満更でもない。耳のうしろを掻きながら、コマから視線を逸らしてしまった。


「将崇君、ケサランパサラン様とお知り合いなの?」


 将崇がどうして湯築屋に来たのか疑問であった。

 彼はシロから個人的に出禁にされているが、おそらく、ケサランパサランというお客様が一緒にいたため結界へ入れたのだろう。


「まあな、あいつは爺様と仲が良いんだ。温泉に入りたいって言うから、案内してやっただけだぞ」


 将崇はそう言いながら、ちゃっかりと玄関へとあがる。

 どうやら、ケサランパサランを案内しただけではなく、自分も宿泊するつもりらしい。


「用が済んだならば、帰ればよかろうに。我が妻を誑かす小賢しい狸をもてなす用意などしておらぬ」

「なんだとぉ!?」


 シロはシッシッと追い払う動作で将崇を冷遇した。

 将崇も小さな身体でシロを睨んでいる。


「まあまあ、シロ様……」


 将崇は悪事を働くような妖ではない。九十九は仲裁しようと、二人の間に割って入る。


「白夜命様っ! ウチにお任せください!」


 二人のバチバチと飛んだ火花を物ともせず、コマがピョコッと前に出た。コマは気合を入れて袖をまくりあげながら、ドンッと胸に手を当てる。


「師匠はウチがおもてなしします!」


 コマが張り切っているものだから、シロは意外そうに口を噤んでしまう。


「師匠!? だ、誰が、お前みたいな狐なんか……!」


 将崇も面食らって声をあげてしまっている。

 元々、将崇はシロ個人への復讐のために九十九に近づいた。同じ狐であるコマから「師匠」と呼ばれるのは不本意かもしれない。


「おねがいします、白夜命様っ!」


 けれども、コマは一生懸命におねがいしながら頭を下げている。今まで、自分からなにかを懇願するコマを見たことがないので、九十九もシロも声が出なかった。


「……ならば、儂はなにも言わぬよ」


 最終的に、シロが折れる形となった。

 シロは巫女である九十九に甘い。いつも甘やかして、好きなようにさせてくれる。

 それは従業員に対しても同じであった。


「この結界内では、大した妖術も使えぬからな。邪魔な狸が一匹や二匹いたところで、変わらぬ」


 シロはそう言い残して、くるりと踵を返してしまう。ちょっと拗ねているように見えた。


「ありがとうございますっ、白夜命様! さあ、師匠! お部屋へご案内しますっ!」

「だ……だから、誰が狐の師匠なんかに!」


 コマがチョンチョコ歩くうしろを、将崇が不服そうについていく。

 九十九は思わず笑いながら、二匹が通り過ぎていくのを眺めていた。

 

 

 

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