15.鬼使いも楽しいもんですよ
「じゃあね、九十九ちゃん……いいえ、若女将。少しお暇をいただきます」
湯築屋の玄関で、小夜子はていねいに頭を下げた。
これから、小夜子は残りの夏休みを利用して南予にある実家へ帰ることとなった。もちろん、学校がはじまるまでに戻ってくる。
蝶姫は怪我の治療があるため、当分の間は湯築屋で湯治することになった。暁樹が施してくれた鬼の治療のお陰で、傷の状態はいいが、神気が疲弊している。小夜子の里帰りについて行けず、少し悔しそうだった。
「お兄ちゃんが一人で帰るのは、寂しいと思うから」
「なっ……そんなことないぞ!?」
反論する暁樹の隣で、小夜子は穏やかな表情だった。
あんなに実家の話をするとき、怯えていたのに。今の小夜子はとても落ち着いていて、そして、柔らかい顔をしていた。
暁樹を再びお客様として迎えて二日。
最初は、小夜子も暁樹もぎこちない様子で会話をしていた。けれども、徐々に打ち解けていったようで、今ではだいぶ自然に話せるようになった。むしろ、自然すぎる。
小夜子の適応力がなかなか高いことは知っていたが、これには九十九も驚いた。
「お父さんとお母さんは、私のこと、どう思ってるのか心配だけど……」
「きっと、大丈夫だよ。だって、小夜子ちゃんのご両親だもん」
「そうかな」
「そうだよ!」
九十九が労うと、小夜子は力強くうなずいた。
その隣で、暁樹が咳払いする。
「たぶん、二人とも後悔してたよ。でも、大丈夫だ。今は俺が鬼使いを継いでいるからな……それまでは、周りからいろいろ言われて精神的にもキツかったみたいだが。今は俺がいるから」
小夜子が責められたのは、鬼使いを継げる者がいなかった故だ。
結局は暁樹が鬼使いを継いだため、地元の風当たりも弱まったと暁樹は言っている。今なら、小夜子が帰省してもいいだろう。
元々、暁樹は小夜子の様子を見に松山へ来た。小夜子がよければ、南予へ連れて帰ろうとも考えていたらしい。
「ま、旦那は大口叩いていますけど、あっしから見れば半熟ですけどねぇ」
胸を張る暁樹の隣で、牛鬼がシレッと欠伸をした。
「は?」
「旦那の中途半端な神気で鬼使い務まると思ってるんすかぁ? もっと修行してもらわないと困りますぜぇ? 短気でツンデレなのも直すことですね。まあ、あっしは旦那が気に入ってるんで、別にいいんすけどね」
「え、お前、なに言って……」
「どうしても、鬼使いになりたいからって、毎日チンケな小遣いを神社の賽銭箱に叩きつけに行く姿を見せられ続けたら、ちょっとは情も移りますよ」
「なっ、そ、それ、いつから!?」
牛鬼は飄々と肩を竦めながら言う。
二人のやりとりを見て、九十九は苦笑いした。
暁樹は気づいていなかったのかもしれないが、九十九から見ても牛鬼は強い鬼だ。神気の強さを比較したとき、妙にバランスが悪いと思っていた。
本来なら、暁樹が牛鬼の鬼使いになるのは難しい。せいぜい、蝶姫を使役できる程度だ。
それなのに、牛鬼が暁樹に使役されているのは、
「あっしも、旦那が好きってことですよ」
面の下でニシシと笑って、牛鬼は冗談っぽく暁樹を小突いた。暁樹は実力不足と言われて恥ずかしそうにしていたが、すぐにかしこまった咳払いをする。
「そ、そうか……だが、すぐに力で使役できるようになってやるからな」
「あいよ、楽しみにしてますぜ」
暁樹は鬼使いになったことを「どうしようもなかった」と言っていた。
それは、たぶん、本当のことなのだ。
どうしようもなくて、暁樹は鬼使いになることを選んだ。
けれども、九十九はそればかりではないと思っている。
「鬼使いも、楽しそうですね」
九十九は湯築の巫女しか知らない。しかも、巫女としての修行も半端だ。
だから、暁樹がどのような修行をし、どのように鬼使いになったか知らない。
それでも、今の暁樹を見ていると、「どうしようもない」ことばかりでもない気がする。
「ああ、それなりに」
暁樹ははっきりとした声で、九十九の問いに返答する。
隣で小夜子も嬉しそうに笑っていた。




