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13.鬼餌人

 

 

 

「その娘さんの価値は、鬼にしかわからねぇってことですかね」


 牛鬼の言っている意味を九十九は理解できなかった。


「なるほど、道理でおかしいと思っておった」


 シロの使い魔だけが、なるほどと納得した様子だ。


「儂は鬼ではない。故に、気がつかなんだが……アレは鬼餌人きじびとなのだな?」

「きじびと……?」


 聞き慣れない単語に、九十九は首を傾げる。小夜子も聞いたことがないようで、あいまいな表情をしている。

 暁樹と鬼たちだけが、沈黙で肯定していた。


「小夜子には神気がほとんどない。あるのかないのか、初見ではわかりにくいほどにな……だが、その微量の神気がそもそも不自然でもあった。あまりにも弱すぎるのだ。ここまで弱い人間は見たことがない」

「シロ様、それ言いすぎでは……碧さんみたいに、湯築家に生まれたって神気持っていない人だって珍しくは……」

「神気を有さないことが稀有なのではない。あまりに弱すぎることが稀有なのだ。普通は、あれくらい弱ければ、神気は存在しない。中途半端なのだ」


 たしかに、小夜子の神気は弱い。

 ずっと学校にいたはずなのに、五色浜の一件があるまで、九十九も小夜子の神気に気がつかなかったほどだ。

 それは九十九が未熟だからだと思っていたが、シロから言わせれば稀有なことらしい。


「……鬼使いの中には、稀に鬼の体質に近い人間が生まれることがある。小さいころに読んだ先祖の日記に、一文だけ書かれていた」


 暁樹が口を開く。

 鬼使いの中から稀に生まれる特異体質の人間は、鬼餌人と呼ばれる。

 普段から周囲の瘴気を少しずつ体内に取り込む体質なのだ。そして、無意識のうちに自分が持つ神気と相殺し、浄化している。

 故に、外部から感じとれる神気が非常に弱くなってしまう。神気を術に変換することも、鬼使いとしての力を発揮することもない。


「つまり、人間や神から見れば無能ですわな……ただまあ、鬼にとっては別の話でして」


 鬼は自ら抱える瘴気や怨念から人と言葉を交わすことができない。

 しかし、鬼餌人は瘴気を吸い取り浄化する存在だ。

 つまり、鬼使いの言の葉を使用しなくても、鬼の瘴気を吸って対話することができる。


「その娘さんの言葉は、あっしら鬼にとっては念仏のようなものでして。すぅっと歌かなにかのように入ってくるんですわ。なにせ、こちらの抱える瘴気を吸って浄化してくれるんですからねぇ」


 小夜子の言葉は鬼にとっては浄化。

 そう言ったあとに、牛鬼はこうも付け加えた。


「鬼がその娘さんを喰わねぇ理由はありませんぜ」


 どうして?

 小夜子の言葉が鬼にとって浄化になるのなら、何故、鬼は小夜子を喰いたいなどと言うのだろう。九十九は疑問を抱かずにはいられなかった。


「鬼ってのは周囲の瘴気を溜め込んで、自分の神気で消化しているんで。それは理解していらっしゃる? じゃあ、話は早い。その胃袋が二つになると考えれば、話は単純ですぜ。鬼の神格があがる。より神気が強く、神に近い……首魁、いや、鬼神クラスにはなれるんじゃあないですかね?」


 小夜子を喰えば、鬼の格があがる。

 彼女の能力はそれほど稀有で、鬼としては取り込みたいもの。

 故に、鬼餌人なのだ。

 牛鬼の話を聞いて、九十九はゾッとした。

 そんなことが知れたら、小夜子は鬼に狙われるのではないか。ただでさえ、自分の身を守る術がないのに……湯築屋には、鬼の客も来る。彼らだって、小夜子の価値に気がつけば、結界の外でどんなことをするかわからない。

 小夜子自身も知らなかったようで、唇を震わせていた。


「俺だって、今日、その鬼と小夜子が対話する姿を見るまで知らなかった……だから、ますます小夜子を鬼から遠ざける必要がある。その鬼だって、小夜子から引き離すべきだ」


 暁樹はそう告げて、蝶姫を睨みつける。今の暁樹には、蝶姫は小夜子を脅かす害虫でしかない。憎悪の感情が視線に乗っていると感じた。

 けれども、


「いや」


 小夜子は蝶姫を抱きしめる手を緩めなかった。


「言ったでしょ……私は、蝶姫に食べられたって構わないって。むしろ、食べられて役に立てるなら、それでいい!」

「小夜子!」


 小夜子は頑なだった。

 頑なに蝶姫を抱きしめている。いや、すがっていた。母親に追いすがる子供のようにも見える。純粋に蝶姫を求めて、依存しているように感じた。

 独りだった小夜子を救ったのは蝶姫だった。

 今は湯築屋がある。

 けれども、ずっと小夜子を支えてきたのは、蝶姫だったのだ。


「馬鹿な娘じゃ」


 蝶姫は苦しそうな声を発しながら、小夜子の手を握った。

 優しく、しかし、力強く彼女の腕を解いて立ちあがる。

 小夜子は意外そうに、そして、泣きつくように蝶姫を見あげた。


「心配せずとも、妾が喰ろうてやる。其方は妾の餌じゃからな……だから、そのような顔をするな」


 蝶姫は小夜子の頭をそっと撫でる。

 子供をあやす母のように、優しい声音であった。とても、「喰う」と発言する鬼のものとは思えない。九十九は二人の様子を呆然と眺めるしかできなかった。


 ――アレは妾の餌じゃ。


 蝶姫に撫でられ、小夜子の髪が揺れた。

 三つ編みにされた黒髪の下、首筋に薄っすら赤く光る刻印が見えて、九十九は目を瞬く。

 

 

 

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