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7.わたしたち、友達でしょ!

 

 

 

 宿を出ていってしまった暁樹を止めることができなかった。

 九十九は取り残された小夜子の肩に手を置く。小夜子はしばらく、哀しそうな表情で下を向いていたが、やがて、息を大きく吸った。


「大丈夫だよ」


 小夜子は、九十九が驚くほどの笑みを浮かべた。

 笑顔の小夜子を見て、九十九は息を呑んでしまう。どうして、彼女は笑っているのだろう。


「……慣れてるから」

「小夜子ちゃん……」


 慣れているから。

 それで納得してしまっても、いいものなのだろうか。

 いいわけがない。


「でも、小夜子ちゃん。いくら鬼使いの力がないからって、鬼と関わったら駄目なんて、あんまりだよ……蝶姫様だって、小夜子ちゃんのことが好きなんだよ? それを、あんな言い方。わたし、やっぱり、文句言ってくる!」

「九十九ちゃん、いいの」


 息巻いて部屋を出ていこうとする九十九の手を、小夜子が握る。

 小夜子は、やはり笑っていた。

 その笑みが儚げで、消えてしまいそうで、九十九は足を止めてしまう。振り切ることができない。彼女を一人で置くことなんて、できないと思った。


「お取込み中のところ、失礼してよろしいですかい?」


 部屋の入り口から軽薄な声音で呼びかけられる。

 とっさにふり向くと、赤い布を巻きつけた背の高い面の青年――牛鬼が柱にもたれかかるように立っていた。


「主はどうした?」


 小夜子を守るように、蝶姫が立ちあがる。般若の能面はあいかわらず表情が読めないが、威嚇するように威圧感が放たれている。

 結界の中では制限がかけられているが、鬼としての力は牛鬼のほうが強そうだ。蝶姫とは比べ物にならない量の神気と瘴気を感じた。

 それは、昔から多くの人を喰らってきた証であると、聞いたことがあった。

 強い鬼は人を喰らっているらしい。湯築屋に訪れるお客様としての彼らしか知らない九十九には、想像もできないことだった。


「旦那とあっしは違うのでね。あっしは好きにさせてもらおうかと……まだお料理も堪能していやせんから」


 牛鬼は無遠慮に入室して、元の席にあぐらをかいた。

 彼は鬼面の下の表情を見せず、小夜子をジロジロと眺めている。


「あっしは、旦那の妹さん気に入りましたし。ちょうど、旦那もお暇をくださるってことで、もう少しここにお邪魔しますわ」


 牛鬼はそう言いながら、箸を手に取った。

 食事の続きをするらしい。

 九十九は慌てて姿勢を正し、冷めてしまったお茶を注ぎ直した。

 詳細は怪しげだが、牛鬼はお客様として留まることにしたのだ。であれば、おもてなししなければならない。


「どういうことじゃ?」

「へへ、あっしだって疲れるんで」


 蝶姫が問うが、牛鬼ははぐらかすばかりだ。


「鬼使いは鬼と対話するなんていうが、神気の力を言霊に乗せて、あっしらを縛りつけるだけでさ。結界ここなら、その力も弱まってるんで、久々に羽を伸ばせるってモンですわ」


 そんなことを言いながら、牛鬼はもぶり飯を口へと運んでいる。

 大きく開いた鬼の面の口に、箸を突っ込んでいる様はシュールだ。しかし、面の下で口が動いているのは確認できないので、不思議だった。


「その点、あっしらを縛らない(・・・・)お嬢さんの言の葉は、実に興味深いというものでして」


 小夜子には鬼使いの才能はないが、鬼と対話ができる。

 九十九は小夜子が蝶姫たちと心を通わせているのは、力が弱くとも鬼使いだからだと思っていた。だが、牛鬼の口ぶりから察するに、まったく違うのだということに気づく。


「此の娘には、言の葉で妾たちを縛る力はない。根本的に鬼使いの言の葉とは異なるものじゃ」

「そうなの?」


 蝶姫が言葉を継ぎ、九十九は目を瞬いた。


「そもそも、此の結界の中では神気も瘴気も制限を受ける。故に、鬼の抱える怨みや後悔も抑えるのじゃ。そうでなければ、鬼使いでもない其方らの言葉は妾には届かぬ」

「それはシロ様から聞いたことあります。結界の外では、わたしと蝶姫様が会話するのは難しいって……」


 蝶姫が初めて湯築屋に運ばれてきたときは、堕神に神気を吸われて酷く憔悴していた。会話どころではなかったので、あまり気にならなかったが、考えてみれば彼女は小夜子の言葉にしか反応していなかった。


 小夜子はどうやって鬼と対話しているのだろう。

 見つめるが、小夜子には心当たりがないようだ。困ったように視線を伏せてしまう。

 小夜子は自覚なしに、鬼と対話している。


「美味い! おかわり!」


 不安そうにしている小夜子を余所に、牛鬼はもぶり飯を完食。おかわりを要求していた。


「あ、はい……すぐにお持ちします」


 九十九は慌てて、厨房へおかわりのもぶり飯を取りにいく。小夜子も一緒に退室した。


「九十九ちゃん……私って、変なのかな?」


 牛鬼たちの言葉を気にしてか、小夜子は表情が暗かった。九十九は無責任に「大丈夫!」とは言えず、困り果ててしまった。


「シロ様は、知っていましたか?」


 どうせ、見えないところで見張っているのだろう。そう期待して、九十九は宙に向けて話しかけた。すると、案の定、気配が一つ増える。


「儂の結界の中では、神気で鬼を縛る必要がないからな。その娘に、そのような力がなくとも気にしなかった」


 九十九の隣をシロが平然と歩きながら答える。

 自分で呼んでおいてなんだが、やはり、いきなり現れると多少なりとも驚く。


「まあ、そうなんですけど……なにかあるなら、言ってくださいよ」


 神様たちは意外と薄情だ。「聞かれなかったから、答えなかった」という回答は意外と多い。今回もこのパターンかと思い、九十九はため息をつく。


「だが」


 シロは神妙な面持ちで付け加える。


「儂にも道理は理解できぬ。此の娘には、神気の流れがほぼ皆無だ。他の鬼使いのように言の葉で縛るなぞ、不可能だろうよ。才能がないというのは、間違いないぞ。結界の外で鬼と会話しているのも不思議なくらいだ」

「それって、どういうことですか?」

「不自然なほどに神気が弱すぎる。普通は、ここまで弱ければ神気すら存在しないものだ……如何せん、儂は鬼使いをあまり見たことがない。わからぬ」

「わからないんですか?」


 シロでも、わからない。

 そんなことがあるのだろうか。

 九十九も小夜子も顔を見あわせて、目を瞬く。


「此処では、些細なことだ」


 シロにとっては、そんな認識だ。気にすることではないらしい。


「それよりも」


 シロは立ち止まり、廊下の向こう側へ視線を寄せる。

 湯築屋の玄関があるほうだ。


「少し見張らせておくか」


 誰のことを指しているのか、なんとなく察しがついた。

 シロは先ほど、玄関から出ていった――暁樹の動向が気になるようだ。こういうところは抜け目がないと言うべきか。

 シロは自分の白い髪を一本抜いて、フッと息を吹きかけた。

 すると、白いモフモフの毛並みを持った猫が現れる。使い魔だ。

 使い魔は「みゃあ」と鳴いて、そのまま玄関のほうへ向かって駆けていく。長い尻尾をふるお尻が可愛い。


「シロ様、もしかして、牛鬼様が残ったのって……」

「あの鬼使いの指示だろうな。結界内では制限されるとはいえ、あの鬼使いとの縁が切れているわけではないからな。そちらも案ずるな。もう手を打っておる」

「使い魔二匹ですか?」

「否。結界の中におるのだ。使い魔の安売りセールなぞ必要ない。もっと適任だぞ」


 結界の内側で起こることは、シロにはお見通しだ。たしかに、使い魔の必要はない。


「シロ様、九十九ちゃん……ご迷惑をおかけしてしまって……ごめんなさい」


 小夜子が不安で身体を小さくしている。彼女の様子は、まるで湯築屋に来たときのようにビクビクとしていて、とても頼りない。九十九やシロの顔色をうかがっているように思える。

 そういえば、小夜子はこんな子だったと今更ながら思い出す。きっと、湯築屋に来る前は、ずっとこんな顔をしていたのだ。

 それでも、これが小夜子の自然体だとは思わない。

 九十九は丸くなる小夜子の背中に手を添えた。


「大丈夫だよ、小夜子ちゃん。迷惑なんかじゃないよ」


 小夜子が震えながら顔をあげたので、九十九は満面の笑みを浮かべた。


「わたしたち、友達でしょ?」


 小夜子は戸惑っていたが、やがて、少しだけ表情を明るくする。

 

 

 

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