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7.Wデート+αですか!?

 

 

 

 天気予報は晴れ。

 お天気お姉さんの話では、「絶好のお出かけ日和」とのことである。

 と言っても、湯築屋の結界の中はいつだって透き通るような黄昏の藍色で。実際の天気は暖簾のむこうへ出てみないとわからない。

 九十九はつま先をトントンと慣らして、スニーカーの中に足を滑らせる。うなじで、ポニーテールがピョンピョンっと跳ねた。


「うーん」


 玄関を飛び出す九十九の足どりは軽いものだったが、表情は重めであった。


「九十九とデートなど、久しぶりではないか」


 白磁のように滑らかな肌に、鴉の羽根色の艶やかな黒髪が落ちる。プリントTシャツに、ブラックジーンズというシンプルな出で立ちの青年が、マネキンのような整った顔にニコッと笑みを作った。

 九十九のあとを追うように出てきたのは、とびっきりのイケメン――シロの傀儡だ。


「はあ……」

「これ、九十九よ。何故なにゆえ、そのように気が重い返事をするのだ! もっと、喜ばぬか!」

「だって、シロ様の傀儡って、苦手なんですもん……」


 これは常々思っていることだが、シロの傀儡には温もりがない。

 シロの神気が込められているし、顔も似せてある。だが、触れると少しひんやりしている気がするし、表情もシロに比べると乏しい。文字通り、人形なのだ。

 まだ動物に擬態した使い魔のほうが親しみやすい。


 それでも、やはり傀儡のほうが使い魔よりも、神気を伝達しやすいらしい。遠隔操作するシロへと、ダイレクトに感覚や情報も伝わるようだ。

 それに、忘れてはならないが九十九が相手にしているのは、お客様である神様(・・)なのだ。

 神は人を易とも簡単に――藁かなにかのように、捻り潰せてしまう。

 特にシロの結界が及ばぬ範囲では、注意する必要があった。


 そんなことは、わかっている。わかってはいるが……やはり、神様であるシロ以上に人間味の薄い傀儡は好きではない。


「つまり、九十九よ」


 シロの傀儡は、何故だかフフンと鼻を鳴らして胸を張った。幾分、シロよりも味気ないとはいえ、その仕草はシロそのものを連想させるには充分である。


「九十九は傀儡ではなく、儂自身と二人きりでデートしたいというのだな?」

「それ、ただのシロ様の願望ですよね?」

「儂だって! 九十九と! 生身で! イチャイチャ! したいのだ!」

「本音ダダ漏れですってば」


 九十九は慣れた態度で、まとわりつくシロの手を払う。

 あー、面倒くさい!


「いいから、行きますよ。お客様のご案内(・・・)に」

「おう、こう。デート(・・・)へ!」


 絶妙に噛みあわないが、もう気にしない。


「ワカオカミちゃん、行きましょう!」


 湯築屋の門の前には、アフロディーテ。そして、ジョー・ジ・レモンが立っていた。

 アフロディーテはTシャツにおさまりきらないほどの豊満な胸を揺らして、九十九に手をふる。ジョーのほうは、寡黙にうつむいたまま、こちらにチラリと視線を向けるだけだ。

 ちなみに、アフロディーテは「来世から本気出す」、ジョーは「本気を出したい人生だった」と書かれたTシャツを着ている……ペアルック、なのかな?


「いってらっしゃいませ、お客様っ! 若女将っ!」


 湯築屋の正面玄関から、コマがトトトッと走って出てくる。本人に走っているつもりは一切ないと思うが、歩幅が小さいのでそのように見えてしまう。

 コマがチョコンとお辞儀をすると、モフリとした尻尾がクイッと上にあがる。


「つーちゃん、お弁当だよ。幸一のお手製さ」


 コマの隣に並び立つように、登季子が前に出てくる。九十九がお客様のおもてなしに出かけるので、今日は女将として旅館の仕事をする。紺を基調としたシンプルな毬柄の着物が優雅で、尚且つ、気品を感じさせた。

 重箱の入った風呂敷を受け取りながら、九十九はふと昨夜のことを思い出す。


 八雲さんが好きだった人って――いや、まさか? だって、お母さんは動物アレルギーで、元々、巫女にはなれなかったし?


「がんばっておいで!」


 九十九の考えていることなど露知らず、登季子はパンッと九十九の背中を叩いてくれる。


「う、うん」


 どんな表情をすればいいのかわからないまま、九十九はあいまいに言ってお客様たちのほうへ歩いていった。

 ……聞けない。流石に、話題にできない。しかし、一度、引っかかるとなかなか頭から離れないもので。

 九十九は首を横にふって、気を引き締める。

 とりあえず、今はお客様のご案内! おもてなし! お仕事! それが第一!


「いってきます!」


 九十九は意気込んで、湯築屋の暖簾の外へと出る。

 その瞬間、世界の色が変わった。

 藍色の薄暗い空は、雲一つない青に塗り替えられ、刺さるような夏の陽射しに襲われる。年中、気温が一定の湯築屋から一歩外に出ただけで、「暑い」と感じてしまう。

 それは神様たちも同じようで、アフロディーテなどは「汗かいちゃうわ」と言いながら、Tシャツの襟元を伸ばしながら手で胸の辺りを扇いでいた。九十九はサッと視線を反らす。


「じゃあ、市内電車に乗るので、まずは駅へ――」


 九十九が先導しようと前に出る。


「それには及ばぬ。アッシー君(・・・・・)を用意してある」


 前に出た九十九の肩を、シロの傀儡がつかんでいた。

 ふふんっと胸を張っている様が大変に腹立たしいが、同時に、大変に美形であるため、大変に大変に……大変に疲れる。


「シロ様、それ死語じゃないですか? わたしが生まれる前の言葉ですよ?」

「なに!? いや待て、九十九よ。日本語は基本的に、そなたが生まれるよりも前に存在しておるのだ。古いも新しいもないではないか」

「屁理屈ですね」


 そんなやりとりをしていると、湯築屋の門の前に一台の車が停まった。

 白いワゴン車だ。車体には紺色の文字でシンプルに「道後温泉 湯築屋」と書かれている。予約なしで来館されるお客様が多い湯築屋では滅多に使用しないが、送迎用の車であった。

 運転席を見て、九十九はハッと息を呑む。

 ウイーンと音を立てて、運転席の窓が開いた。


「お待たせしました。シロ様、若女将」


 運転席から顔を出した八雲の顔を見て、九十九はパクパクと口を開閉してしまう。


 ――強いて言えば、うらやましい……でしょうか。


 これ、八雲さんにものすごく申し訳ないことを頼んでしまっているのでは……九十九はぎこちない動作で、主犯であろうシロのほうをふり返った。


「ふふん、儂は気が利くであろう? 炎天下の中、客を歩かせるのも忍びないからな!」


 ものすごくいいことをいいことをした。そんな顔持ちで高らかに笑うシロに、九十九の気など知れないのであった。

 

 

 


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