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2.流石に問題では!?

 

 

 

 いや、これはどうすればいいのか。

 玄関に並んだ二人のお客様を眺めて、九十九は頭を抱えた。シロもやや面倒くさそうに嘆息している。


「流石に、湯築屋に逃げてもすぐに見つかるのではないか?」


 普段は怠けているのに、こういうときはシロもオーナーらしいことを言う。九十九は同意のつもりで、ウンウンとうなずいた。

 ゼウスは最初の来館から二度も湯築屋を訪れており、常連になりつつある。しかも、だいたいはヘラを伴っており、来月にも予約が入っていた。

 お気に入りの宿屋に逃げるなど、すぐに見つけてくれと言っているようなものではないか。


「そこは、ほら。シロ様の結界でなんとか、さ」

「登季子よ、儂のことを便利屋かなにかだと思っておるな?」

「そんなはずないだろう? シロ様のことを信用しているだけだよ。なんと言っても、うちのオーナーで神様なんだからね。いつも誇りに思っておりますとも!」

「む……まあ、結界の外から客の神気が悟られぬようにしたり、特定の客の来館を弾くことなど朝飯前だがな!」

「ほら、できるんじゃないかい」

「当たり前だ。儂を誰だと思っておる」

「よっ! 稲荷神白夜命様!」

「もっと褒めよ」


 あ、できるんだ……登季子におだてられる形で、胸を張って主張するシロに九十九は苦笑いした。単純すぎやしないか。神様って、これでいいんですかね?

 シロがふんぞり返っている隙に、登季子が小さくお客様たちに向けて「ほら、チョロいだろ?」と言いたげに親指を立てて笑っている。実際、チョロいので文句は言えない。


「じゃあ、よろしくね! ワカオカミちゃん!」

「はい……」


 アフロディーテが明るく笑いながら、サンダルのまま玄関へあがろうとしている。日本通であるゼウスと違って、こちらはまだ日本文化に馴染めていないようだ。


「お客様、履物をお脱ぎください」


 九十九が言おうとした同じセリフを、別の人物が口にしていた。

 柔らかい大人の声だ。

 ふり返ると、ニッコリとした笑顔の男性が立っていた。洗われるような白いワイシャツに、臙脂のネクタイがよく映えている。紺色のハッピには、白い文字で「湯築屋」と書かれていた。

 湯築屋の番頭である坂上八雲さかがみやくもである。

 湯築屋で働く数少ない従業員の一人だ。勤続二十年のベテランで、接客だけでなく裏方の仕事も幅広くこなし、九十九も頼りにしている。特に、九十九が苦手とする経理の仕事を引き受けてくれているのが大変ありがたい。

 登季子と同年代だと言うが、登季子が若く見えるためか、八雲のほうが少し落ち着いて見える。


「お荷物をお持ちします。お部屋は潮騒の間をご用意しました」


 流石は勤続二十年のベテラン。どんなに厄介……いや、癖のあるお客様が相手でも、いつも通りだ。九十九も見習いたいところである。


「八雲、ただいま!」


 いつも通りの八雲に対して、登季子が軽く声をかける。

 八雲はニコリとした表情を崩さないまま登季子に対して、「おかえりなさいませ、女将」と言った。本当に普段通りの表情と、動作で。


「元気そうでよかったよ」

「女将こそ、お元気そうで」


 しかし、九十九は八雲の表情に若干の違和感を読み取って……いや、気のせいだろうか。やはり、なにも変わりはないと思う。


「それでは、おもてなしの準備をしましょう」


 九十九は気を取り直して、背筋を伸ばす。

 事情があろうと、お客様は神様だ。おもてなしの手を抜いていい理由はない。


「はいっ、若女将!」


 いつの間にか、コマが足元で尻尾をふって張り切っていた。膝丈程度の小ささなので、まったく気がつかなかった。シロの神出鬼没に似ている気がして、ちょっとだけ驚いてしまう。

 そうとも知らず、コマのほうは「お任せくださいっ!」と、小さな胸をドンッと張っている。


「パパが言ってた、ジャコテンというものが食べたいわ。あと、やっぱり美味しいお酒ね。ね、ジョーもそれがいいでしょう?」

「俺は……君が食べたいなら、それでいい」


 お部屋にご案内されるアフロディーテたちの会話が聞こえてくる。

 陽気で明るいアフロディーテに対して、ジョーは寡黙で大人しい印象だ。テレビで流れるライブ映像では、激しくギターを掻き鳴らしたり、観客に向けて雄々しく叫んでいたりしたため、意外だった。表向きの性格と実際の性格は別ということだろう。


「つーちゃん、今回もよろしくね!」


 女将の登季子が靴を脱いで玄関にあがる。今回も九十九を信頼して接客を任せてくれるようだ。

 それは嬉しくもあるのだが……。


「お母さん、いくらなんでも……」


 宿を気に入ってくれているゼウスやヘラを欺くような真似はよくないのではないか。いや、ゼウスはいいとしても、ヘラが問題か。たぶん。アスロディーテの口ぶりからも、反対しているのはヘラのようだ。


「うーん……」


 あまり聞かない九十九の苦言に、登季子は難しそうな表情でうなる。


「なんていうか、ね。よくないとは思ったんだけど……放っておけなくってさ」

「そりゃあ、頼まれたら仕方がないかもしれないけど――」


 九十九が言葉を重ねようとすると、後ろから肩に手を載せられる。


「まあ、よいではないか。登季子がそうしたかったのだ。儂は反対せぬよ」

「え、シロ様?」


 先ほどまで、面倒くさそうにしていたのに。登季子に乗せられたのが、よほど効いたのか。シロは事もなげに微笑を浮かべていた。

 調子がいいとは、このことだ。

 九十九はプイッと顔を逸らす。


「文句はありません、大丈夫です」


 文句は、ない。

 お客様なのだから。

 ただ……このような案件を持ち込むなんて、少し登季子らしくないと感じてしまっただけだった。


「っぅしゅん! そういえば、シロ様いたのかい。さっさと、向こうへ行ってくれないかい? ひっくしゅん!」

「むむ!? さっきまで、普通に話していたではないか……!」

「急にキたんだよ。そういう体質なのさ!」

「どういう理屈だ」


 思い出したように、動物アレルギーの登季子がくしゃみをしながら、シロを邪険に扱うので、九十九は苦笑いした。

 

 

 

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