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10.ぴょんぴょこぴょん

 

 

 

「化け狸……もしや、あの狸か?」


 シロのほうは合点がいったらしく、猫の姿のままポンッと前足をあわせて叩いた。


「シロ様、どういうことですか?」

「いや、なに。儂はなにもしておらぬのだが……当時の巫女が奇妙なことを言っておってな。毎日のように、化け狸から贈り物をされておったらしい。巫女は快く贈り物を受け取って、狸の話につきあっておったそうだ」


 狸は連日、巫女に会いにきたという。

 そのたびに、花や菓子などの贈り物をした。もちろん、葉っぱなどではない。狸なりに誠意を尽くした品々だったのだろう。

 巫女も狸のことを無下に扱わず、快く接していた。元々、湯築屋で神様や妖に接する機会の多かった巫女にとって、何気ない行為に過ぎなかったようだ。

 しかし、ある日を境に狸はパタリと巫女のもとへ足を運ばなくなった。


「え、それだけですか? なにか理由とかなかったんですか? だって、婚約破棄ですよ?」

「むむ……それしか聞いておらぬ」


 シロの話が終わってしまって、九十九は呆気にとられる。そんなはずはないと思うのだが……。


「そういえば、名を聞かれたと言っておった。自分は湯築の巫女で、今度は是非とも客として宿に泊まってほしいと告げたら、なにも言わずに狸は去ったとか、なんとか」

「シロ様、それです。絶対に、それです。そっちを先に言ってください」


 苦し紛れに捻り出したシロの答えに、九十九は真顔で返した。

 きっと、化け狸は当時の巫女に好意を持っていたのだ。湯築の巫女は強い神気を持つため、神様や妖に好かれやすい。

 しかし、自分に好意を持っていると勘違いした狸――隠神刑部は巫女が「湯築」を名乗ってショックを受けてしまったのだろう。

 湯築の巫女と言えば、稲荷神白夜命の妻である。これは古くからの決まりであり、もちろん、神や妖の間では周知の事実であった。


「爺様は裏切られたんだ! 婚約破棄なんて酷い話だ」

「いや、婚約破棄もなにも、湯築の巫女は最初からシロ様の妻って決まってるし……」

「爺様の純情を踏みにじられて、数百年、祠に引きこもったんだぞ!?」

「え、ええ……」


 プンプン怒っている狸に向かって、九十九は説明しようとしたが聞き入れてはもらえないようだ。いったい、どうやって説明すればいいものか。九十九は頭を悩ませた。


「爺様の無念を俺が晴らすんだっ! まずは、巫女を誘惑して奪ってやろうと思ったのに……そんな、ちっぽけな十円玉に結界を破られるなんてっ!」

「誘惑!? 九十九、なにかされたのか?」

「え、えっと……そ、それは……」


 結界のせいで、シロの使い魔には将崇の姿は女子生徒に見えていたようだ。おまけに、今ので本当の会話すら聞こえていなかったことがわかった。

 たしかに、将崇から誘惑されていた……それは、たぶん、間違っていない。それに対して、九十九は曖昧な態度で流していたのも事実だ。

 そのことを知られたくなくて、九十九は急に口ごもってしまう。


「お前の巫女、満更でもなかったぞ? あーあ、もうちょっとだったのになぁ! もっと上手くやっていたら、他の妖でも落――」

「違う! 違うの、あれは……だって、シロ様が――」


 言いかけて、九十九は口を噤む。

 今、シロのせいにしようとした。シロのせいにして、言い訳しようとした。


 楽しそうに宇迦之御魂神と話すシロの姿が頭に浮かんでくると、意地を張りたくなってしまった。

 こちらを見てほしくて……いつも一緒にいるのに、なんだか遠く感じて寂しくて。でも、意地を張っている自分のことを馬鹿だとも思っている。

 どうしたいのか、自分でもよくわからない。

 どうすればいいのかも、わからない。

 そして、こんな汚い感情の自分のことを知られたくなくて……九十九は思わず耳を塞ごうとする。


「我が妻が誘惑に負けるはずもなかろう」


 シロのまっすぐな声が耳を打つ。


「なにせ、儂は出来た夫だからな。浮気される所以ゆえんが何処にもない」


 きっと、本人は胸を張ってふんぞり返っているに違いない。それくらい歪みのない言葉だった。

 シロの言葉を聞いていると、なんだか恥ずかしくて……九十九は別の意味で耳を塞ぎたくなってしまう。


「九十九は儂の巫女であり、妻だ。お前のようなイキリ狸などに、見向きするわけがなかろう」

「イ、イキリ!? お前、俺のこと馬鹿にしてるだろ!」

「我が妻について事実を言ったまでだ」

「違う、そこじゃない!」


 微妙に会話の論点がズレていっている。狸が小さな身体でピョンピョコ跳ね回って、怒りを表現していた。猫はモフモフの胸を張って、そんな狸を冷ややかな視線で見ている。

 こんなときになんだが、狸と猫が会話するなど絵面が可愛すぎではないか。


「聞いていた以上に極悪非道な悪神だな!」

「何処がどうなれば、そうなるのだ。儂ほど、人に誠実な神もあるまいよ」


 これ以上は、もう喧嘩にしかならないだろう。

 九十九は、どう収束させるべきか考えあぐねていた。当人たちにはどうでもいいかもしれないが、この現場を誰かに見られないかも気がかりだ。


「とにかく、九十九は我が妻だ。誰にも渡さぬ」


 きっぱりと言い放ったシロの言葉に、九十九は思わず声をあげそうになる。

 キュッと締めつけられた胸が解放されるきがした。


「べ、別にお前の巫女が欲しいって言っているわけじゃ……!」

「儂は巫女を渡さぬと言っているのではない。九十九は渡さぬと言うておるのだ」

「いや、それ意味、変わらないだろ!」

「左様か? だいぶ違うと思うのだがなぁ?」


 シロの言葉一つひとつ。

 九十九は震えそうな身体を抑えて立っているのがやっとだった。

 どう言えばいいのだろう? わたし、どう応えればいい?


「どうした、九十九。何故なにゆえ笑っておる。ここは、儂と一緒に此の狸に憤慨するところであろう?」

「え?」


 シロに言われて、九十九は初めて自分が笑っているのだと自覚した。


「なんか……嬉しくて」


 そして、素直に思っていたことを口にする。口にするまで、自分がそんなことを思っているなんて、気がつきもしなかった。けれども、嘘ではないとはっきりと言うことができる。

 九十九は自然に、スッと空気を吸い込んだ。


「行きましょう、シロ様」


 九十九は、シロの使い魔をうしろから抱きあげた。モフリとした毛並みが気持ちよくて、おさまりもいい。


「おい、まだ話は終わって――」

「ごめん、将崇君。わたし、やっぱりシロ様……稲荷神白夜命様の巫女で妻だから」


 九十九はそう言って、シロの使い魔を抱いたまま踵を返す。


「え、え、ちょっ!」


 狸は焦った様子でチョロチョロと九十九の足元を飛び回って追いかけてくる。九十九はもう一度だけ立ち止まり、ふり返った。


「わたしは誰ともおつきあいしないの……そうしたいから! だから、無駄です!」


 これまでにないくらい強い口調で言い放つ。

 狸はポカンと二足歩行で立ち尽くしている。白い猫も、九十九の腕の中で、なんだか信じられないといった表情だった。

 九十九一人だけが当たり前のように、笑顔を作る。

 とてもとても、気分がよかった。

 

 

 

 昨日更新するの忘れてました申し訳ありません!


 書籍版、好評発売中でございます。

 活動報告やツイッターに情報お届けしております。

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