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6.おつきあいって、どこへ!?

 

 

 

「じゃあ、湯築さん。ぼくと、おつきあいしてよ?」


 そう言って笑う将崇の顔は本当に無邪気で、子供のように屈託がなかった。パンケーキが食べたいと言ったときの顔と、あまり変わらない。

 そのせいか、九十九はなにを言われたのかわからなかった。


「え……え?」


 なにも考えることができず、九十九が聞き返すと将崇はニッコリと目を細める。


「彼氏いないんでしょ? ぼく、湯築さんのこと気に入ったし、おつきあいしてよ」

「え……えっと、それって、つまり……?」

「恋人にしてください」

「え、ええ……ス、ストレート……!」


 なにかの勘違いではないかと思って確認すると、アッサリと直球の言葉が返ってくる。九十九は物理的なダメージなど一切受けていないのに、身体が仰け反りそうになった。

 え、え、え!? なにこれ!? なにこれ!

 一拍置いて、パニック。

 経験したことのない状況に、九十九は完全にパニック状態に陥ってしまっていた。


「湯築さん、可愛いし」

「!?」


 シロや旅館に来るお客様から、九十九の容姿を褒められることは多い。しかし、それは彼らの感覚が人間とは違うからだ。九十九に宿る神気や湯築の巫女ということを総合しての褒め言葉だと思っていた。九十九自身は一般的で、平凡な容姿の女子高生であると自覚しており、可愛いなどと言われるはずがない。

 可愛い、はずが……可愛い……可愛いって、なに!?

 甘い言葉なら、夫であるシロから日常的に向けられているはずなのに……こんなに恥ずかしくて、心がむず痒いと感じることは初めてだ。シロに言われるソレとは、全く違う気がする。

 九十九は頬を両手で覆った。


「将崇君、冗談は……」

「冗談じゃないよ」


 そう、九十九の言葉を遮って将崇は言い切る。そして、おもむろに九十九の手をとった。あまりに自然だったので、九十九は流されるままに力を抜いてしまう。


「最近はレディーファーストだって、爺様が言ってた」


 言いながら、将崇は真剣な顔で九十九の指に、自分の唇を軽く押し当てた。

 まるで、ヨーロッパの騎士がお姫様に行う誓いのようではないか。九十九は声も出せず、そのまま身体を硬直させてしまった。


 は、恥ずかしい……!


「ま、将崇君……そ、その。で、でもね、わたしたち、会ったばかりだし? こ、こういうのは、そ、その、もっとじっくり考えたほうが……」

「返事は急がないから、ゆっくり考えてね」

「う、うん。って、そうじゃなくってね。遊びはよくないというか……」

「ぼくは真剣だよ」

「う、うう……」


 言葉の一つひとつがストレートに九十九へ届く。

 九十九は言葉を重ねるごとに、身体を小さく丸めていった。


 彼氏はいない。

 でも、夫はいるんです。


 そう伝えるべきだと、この段になって思い至った。けれども、何故だか言い出すことができない。

 高校生なのに、もう夫がいることを伝えるのが難しい。そういうわけではない。単純に、言葉が詰まってしまったのだ。


 母の登季子は動物アレルギーという理由はあるが、強い神気を持ちながらシロの妻とならなかった経緯がある。

 きっと、九十九が恋をすればシロは許してくれる。

 そんな甘えが脳裏を過ぎる瞬間があった。少なくとも、以前に考えたことならあった。


 シロは九十九のワガママを受け入れてくれる。いつだってそうだ。


 それに、――。

 宇迦之御魂神と仲良く過ごすシロの姿が浮かんで、九十九は掌をキュッと握りしめた。窓からお店の外を確認するが、こちらを見ている使い魔らしき動物は確認できない。


「将崇君……今じゃなくても、いいかな?」

「いいよ、待ってる」


 将崇は人懐っこい表情で返事をする。

 一方で九十九は、少しだけ残念な気持ちになる。その残念な気持ちの正体がなんなのか、よくわからない。頻りに店の外を気にしてしまいながら、肩を落とす自分の気持ちが何者なのか、九十九には説明できなかった。


 これは浮気なのだろうか。

 だとすれば、罪悪感とか背徳感とか、そのような気持ちがわくはずだ。


 なのに、残念だなんて……自分で自分の気持ちに混乱していた。


 まるで、シロ様に邪魔されたかったみたい――。


「そろそろ、家に帰らないと……旅館のバイトがあるから」

「そっか。引き留めてごめんね! バイトがんばって!」


 将崇は屈託なく言いながら、お店の人にお会計を告げる。九十九も財布を出すが、将崇が先にお札を二枚、会計皿に置いてしまった。


「このくらい払うよ……」

「爺様がレディーファーストは大事だって言うから」


 将崇は自然な動作で片目をつむってウインクしてみせた。天照が見ているDVDの推し並みには、様になっていると思う。九十九は思わず、口を半開きにしたぽわっとした表情で魅入ってしまう。


「じゃあ、帰ろうか」


 小動物のような愛嬌があるかと思えば、ナチュラルにエスコートする場面もある。裏表はなさそうだと思っていたが、時々、別の顔を見せられると不覚にもドキッと驚かされてしまう。


「あれ」


 しかし、お店を出てしばらく歩いたところで、九十九は自分のスマートフォンがないことに気がついた。きっと、忘れてきてしまったのだ。


「ごめん、将崇君。先に帰ってて……お店にスマホ忘れてきちゃったみたい」

「え?」

「また明日、学校で!」

「あ、湯築さん……!」


 九十九は強引に言い残して、来た道を走って戻る。

 別に、一緒にお店までスマホを取りに帰ってもいいのだが……早く一人になりたい気持ちもあった。


 ――じゃあ、湯築さん。ぼくと、おつきあいしてよ?


 思い出すと恥ずかしい。

 あんなことを言われたことなどなくて、ひどく戸惑っている。


 人間の男の子に恋をするって、どんな気持ちなんだろう?


 ふと疑問に思うが、九十九は首を必死に横にふった。

 自分は稲荷神白夜命の巫女であり、妻だ。生まれたときから結婚が決められていて、それ以外の恋なんて許されない。

 九十九に甘いシロは許してくれるかもしれないが……許してくれるのかな? そして、自分はシロに許されたいのか――そこまで考えて、九十九は自分がなにを望んでいるのか、いよいよわからなくなってしまった。

 勢いで返事を保留にしてしまったけれど……九十九は、どうしたいのだろう?

 自分では、わからなかった。


「すみません、さっきスマホを忘れてしまって……」


 九十九は戻ったパンケーキのお店の扉をひかえめに開ける。

 だが、そこには困った表情の店員さんの顔があった。


「ああ、お客様……」


 売り上げを集計しようとしていたのか、お店のレジが開いていた。

 けれども、困った表情の店員さんが持っているのは、お札ではない。


「葉っぱ?」


 何故かレジに二枚だけ紛れ込んだ大きめの葉っぱを見て、九十九も目をしばたいてしまった。

 

 

 

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