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3.そこ、仲良すぎません?

 

 

 

 ぼんやりと光を湛えるガス灯に、ひらりひらりと桜の花弁が浮きあがる。

 風もないのに、くるくると回る花弁は地面に落ちると、すっと塵のように消えていく。池に浮かぶ花筏と違い、幻影の桜は掃除の観点(・・・・・)から、消えてなくなるようになっていた。えらく実用的な幻影であると、九十九は常々思っている。

 もっとも、地面や道路に落ちる桜の花弁も、九十九は結構好きである。雨が降ったり、時間が経ったりすると、ゴミとして扱われ、道の隅に溜まっている様を見るのは少し寂しい。


「若女将っ。そろそろ、ご予約のお客様がお見えになりますっ!」


 子狐のコマがトトトッと廊下を鳴らして駆ける。本人に走っているつもりは一切ないと思うのだが、歩幅が小さいせいか、走っているように見えてしまう。

 湯築屋では珍しい予約客だった。

 予約客の場合は、定刻通りにご来店するお客様がほとんどだ。湯築屋の面々で、そろってお出迎えするのが常である。

 特に、今回のお客様は湯築屋にとって特別(・・)なのだと聞かされている。


「わかりました。お出迎えしましょう」

「はいっ!」


 学校から帰ったばかりの九十九は、コマに手伝ってもらいながら着物に袖を通す。

 本日は可憐な桃色の着物である。派手過ぎない桜の柄と、引き締めるような黄色の帯がいい塩梅で調和している。桜のかんざしが結った黒髪を華やかに彩ってくれた。

 営業中で海外へ行っている女将の代わりに、湯築屋を任されるのは若女将の九十九だ。

 仕事着に身を包むと、自然と気持ちも引き締まる。


「さて」


 シャン、シャン。と、鈴の音が響く。

 結界の門が開き、お客様が暖簾を潜ったことを知らせる音だ。

 この音で、湯築屋の面々はお客様のご来店を知ることとなる。お客様が結界に入ったことを従業員全員が知るためのシステムであった。

 これはアルバイトで働く小夜子の提案で採用されたものである。今までの湯築屋にはなかった新しい発想であった。本人は謙遜するが、小夜子は本当に思いやりがってお客様のことをよく考えてくれる。

 玄関に並び従業員一同で、ご来店したお客様を出迎える。


「いらっしゃいませ、お客様」


 お客様の姿を確認して、九十九たちは頭を下げる。

 しかし、一瞬見たお客様の姿を二度見するように、九十九は思わず、やや早めに頭をあげてしまった。


「え?」


 二度瞬きして、確認。

 玄関の暖簾を潜ったお客様の頭の上に載っていたのは、白い狐の耳であった。背後では、モフリと白い尻尾が揺れている。

 絹束のような白く美しい髪は緩く三つ編みにされ、肩から垂れ下がっていた。神秘的な琥珀色の瞳と視線があうと、九十九は言葉を忘れて呆然としてしまう。


「いらっしゃいませ、宇迦之御魂神うかのみこたまのかみ様。湯築屋へ、ようこそっ!」


 黙ってしまった九十九の代わりに、コマがチョコンとお辞儀をして笑う。


「お久しぶりね、コマ。そちらは、新しい湯築の巫女なのかしら?」


 お客様――宇迦之御魂神は、とてもシロに似ていた。

 宇迦之御魂神は建速須佐之男命たけはやすさのおのみこと神大市比売かむおおいちひめとの子だ。兄には、お正月の神様として有名な大年神おおとしのかみがいる。

 名の「ウカ」は穀物のことを表しており、稲や食物全般の神とされていた。全国でも広い地域で分布している稲荷神社の総元締めである京都の伏見稲荷大社ふしみいなりたいしゃの主祭神として祀られている。

 つまり、一番有名なお稲荷さんなのだ。多くの稲荷神社は、彼女のことを祀っている。

 狐は彼女の使徒と言われ、神聖な生き物として古来より扱われてきた。

 シロと容姿が似ているのも、きっとそのせいだと、九十九は客観的に理解することができる。


「はい。わたしは湯築家の巫女、そして、この湯築屋の若女将、湯築九十九と申します。よろしくおねがいします」

「初めまして、若女将。ここのところ、なかなか泊まりにこられなくて、申し訳ないのだわ。ねえ、白夜は元気にしているかしら? 私がいなくて、寂しがっている頃合いだと思うのだけど?」


 シロは様々な呼ばれ方をしている。

 稲荷神白夜命いなりのかみびゃくやのみこと、稲荷神、白夜命、シロ様……しかし、彼を「白夜」と呼び捨てる者を九十九は初めて見た。

 同じ稲荷神だから? それにしたって、神に対する態度とは思えない。日本神話の太陽神たる天照大神だって、白夜などと呼んだりはしない。

 九十九は少々面白くなくて、唇を曲げそうになる。しかし、駄目だ。宇迦之御魂神は神様であり、お客様である。すぐに気にせぬふりをして、笑顔を作り直した。


「稲荷神白夜命様に用件でしたら、あとでお部屋に伺うようお伝えします。まずは、お部屋までご案内しましょう」

「あら、そう? いつもは、白夜が案内してくれるのだけど」


 宇迦之御魂神は当然のように言い、シロを探して辺りをキョロキョロと見回しはじめる。

 その様が、なんとも無遠慮に感じられてしまった。


「……探さずとも、此処におる」


 すぐ隣で声がした。

 やはりと言うべきか。シロは九十九の横から、いつものようにヌッと浮き出るように現れた。

 けれども、いつもと違う。

 普段は、藤色の着流しを着て、濃紫の羽織を肩にかけている。しかし、現れたシロは真っ白なほうに身を包んだ束帯そくたいの姿であった。まるで、平安時代の貴族のような装いに、九十九は一瞬、誰なのかわからなかった。

 明らかに、いつもと違う。シロの正装であった。


「シロ、様?」

「客人は儂が案内あないする。お前たちは、それぞれの仕事に戻れ」


 シロはそう言って、お客様である宇迦之御魂神のほうへ向き直った。


「あら、白夜。今日もお利口さんの格好ね。お久しぶり、寂しくなかった?」

「もう子供ではないのだ。寂しいはずがあるまいよ」

「強がっても、私にはわかるのだわ。相変わらずね」


 そんな会話をしながら。宇迦之御魂神は当然のようにシロの隣に立った。九十九は追いやられるように、シロから数歩離れてしまう。

 宇迦之御魂神とは初めて会う九十九と違って、シロは慣れた様子で平然としていた。湯築屋創業以来からの常連客だと聞いていたので、当然か。

 それでも、何故だかチクリと胸の奥に針のようなものが刺さった気がして、むず痒い。どう表現すればいいのかわからないが、少しだけ……ムッとしてしまう。


「ねえ、白夜。今回はあれが食べたいのだわ。お刺身が乗った鯛めし」

「わかった。料理長に伝えよう」

「あと、露天風呂で月を眺めながら冷酒を飲みたいのだわ」

「結界に月はないが、よい酒を選んでおいた。松山あげもある」

「松山あげ! 私、あれ大好きなの!」


 親しげに話しながら、シロと宇迦之御魂神は部屋へと歩いていく。


「九十九ちゃん、大丈夫?」


 小夜子にそう言われて、九十九は初めて自分が二人の姿を凝視しているのだと気がついた。いや、睨みつけていたと言ってもいい。


 今回のお客様、宇迦之御魂神は湯築屋にとって特別だと聞かされていた。

 聞かされていたが……何故だか、もやもやが晴れない。どうしてもやもやしているのかも、九十九にはわからなかった。

 よくわからないが、面白くはない。

 そう感じてしまうことも、九十九には面白くなかった。

 

 

 

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