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2.転校生はモフモフの香り?

 

 

 

 新しい教室へ向かうのは、新鮮な気分だった。

 もちろん、校舎が新しくなったわけではないので、ピカピカというわけではない。黒板は使い古されているし、ロッカーや床の板も黒ずんでいる。京などは机のネジが緩んでいたのか、肘をつくとガタガタと揺れていた。

 それでも、去年度とは違う教室。違う机。違うクラスメイト。

 九十九にとっては、やはり新鮮だった。


「やっぱり、転校生おるみたいやね」


 京が誰も座っていない席を指さして笑った。

 みんな出席番号順に着席して、新しい担任を待っていたので、たった一つの空席が目立っている。全員が着席しているのに、自分の席を離れて九十九のところまで来る京の存在も、十二分に目立っているが。


「京ちゃん、そろそろ先生来ちゃうよ」


 一人だけ席を立っていた京を、小夜子が連れ戻しにきた。

 小夜子とも同じクラスだった。三年生から進学と就職コースに分かれるため、ある程度の面子は絞られる。とはいえ、仲のいい友達が二人も二年連続で同じクラスになることは喜ばしい。


「わかっとるって。朝倉は真面目ちゃんだなぁ」

「みんな座ってるよ……」


 京はブツブツと文句を言いながらも、小夜子に促されるまま自分の席へと戻っていった。

 大学進学を希望するクラスだ。そのためか、比較的、大人しい性分の生徒が多いように思われた。京のように、担任が来るギリギリまで席を立って雑談しようとする生徒はあまりいない。と言っても、席に座ったまま隣や前後の生徒と雑談程度はみんなしている。

 九十九も適当に近くの席になったクラスメイトと会話して残りの時間を過ごす。

 ガラガラッと教室の扉が開く。


「早く席につ……おっと、このクラスは大人しいな。みんな席についとる」


 扉から身体を滑り込ませたのは、新しい担任だった。

 担当科目は日本史。九十九も授業を受けているので、知っている先生だった。去年の夏、「愛媛に残る平家伝説を取材しなさい」という宿題を出した教師である。あのときは、いろいろあったなぁ……と、九十九は今更、感慨深くなった。

 先生のうしろについて歩いているのは――知らない生徒だった。


「気づいてる人も多いと思うが、このクラスには転校生がいるぞ」


 刑部将崇。


 先生が黒板に素早く名前を書いた。

 真っ黒の学ランは、他のクラスメイトと同じで特徴はない。男子の標準的な制服であった。

 背はあまり高くなく、一六〇センチから一六五センチ程度だろうか。天然なのか、少し赤みがかった黒髪は緩く波打っていた。クリッと目が丸くて、表情は小動物のような人懐っこい愛らしさがあった。


「刑部将崇と言います。よ、よろしくおねがいしますっ!」


 緊張しているのか、少し声が上ずっていた。

 慌ててお辞儀をする仕草が、湯築屋で働いているコマを思い出させる……そう思って、九十九は微笑ましく感じた。


「え?」


 今、自分が見た光景に、九十九は目を二度瞬いた。


「転校してきたばかりで、慣れないことも多いですが、がんばります!」


 人懐っこく笑う将崇に、クラスメイトは誰も疑念を抱いていないようだった。

 しかし、九十九は一人、席へと歩いていく将崇の姿を注意深く観察する。

 先ほど、一瞬……将崇の背に、普通の人間にはついていないものが見えた気がした。だが、席に座る将崇の背後に、ソレ(・・)を確認することはできない。

 気のせいだったのかな?

 九十九は気になって、刑部の背中から視線を外すことができなかった。


「それじゃあ、クラス全員で一言ずつあいさつだ!」


 などと新しい担任が言い出したので、九十九は慌てて一言自己紹介の内容を考えなくてはならなかった。




 オリエンテーションも終了し、始業式のために体育館へ移動となる。

 出席番号順での移動だが、なにせ学校全体が一斉に動くわけだ。廊下や階段は混雑しており、なかなか体育館にはたどり着けなかった。


「…………」


 混雑する廊下で、九十九はずっと黙ったまま一点を見ていた。

 転校生、刑部将崇。

 自己紹介のときに見えたものは、幻だったのだろうか。


「ゆづ、転校生ばっか見て、どしたんよ?」


 どさくさに紛れて、京が九十九のそばまで近づいていた。出席番号の最初のほうなのに、うしろまで来るとは、なかなかに大胆である。

 それでも、九十九が転校生を睨みつけてしまったのは事実だ。


「ううん……なんでもないよ」

「さては、好みの顔だったか? ああいう、ベビーフェイスが好きなん?」

「そういうのじゃないよ」

「居候彼氏は、もういいの? 喧嘩した?」

「し、してない!」


 なんの話をするかと思えば。

 九十九は全力で否定させていただくが、京は納得してくれそうにない。ニンマリと意地悪な笑みを浮かべて、九十九を肘で突いてくる。


「京はすぐに、そういうこと言って」

「恋バナは女子の花よ」

「はあ……」


 恋愛経験のない九十九には、面白さがイマイチ理解できない。少女漫画を読むのは好きだけど、あれはあれ、これはこれ。別世界の話だ。

 決して、今頃、客室でゴロゴロとテレビを見ながら松山あげを食べている稲荷神のことなど思い浮かべてなどいない。きっと、今も使い魔を使って、どこかから見ているんだろうなとか、思っていない。思ってない!


「もう、京ってば……」


 九十九はふるふると首を横にふって、もう一度だけ、転校生のほうを確認した。

 やっぱり、見間違いかなぁ……?

 先ほど見えたと思った――茶色い尻尾は、やはりなかった。

 

 

 

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