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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
四.神様主催のダンスバトルですか!?
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12.若干の変化をしつつ、ゆったりと流れる日常

 

 

 

 ちらり、ちらり。

 雪が舞っている。

 湯築屋の雪は結界の中に降る雪。触れても冷たくなく、儚く消えていく。白い庭を彩るように寒椿の花が咲いているのが美しい。

 寒々とした、されど、決して寒くはない不思議な庭の風景を縁側で眺めているのは、結界の主にして湯築屋のオーナーである稲荷神白夜命いなりのかみびゃくやのみこと

 藤色の着流しに濃紫こむらさきの羽織を肩にかけ、煙管に口を寄せている。細い紫煙が揺らめいて、空気に溶けて消えていった。


「シロ様、こんなところにいたんですか?」


 幻想の雪で白く染まった庭に、シロの姿は美しく思えた。うっかりと見惚れてしまいそうになりながらも、九十九は口をへの字に曲げて仁王立ちする。


「こんなところとは……これから、雪見酒でも飲もうと思っておったところだ」

「サボってないで、手伝ってくださいっていう意味ですよ。天宇受売命様はお帰りになりましたけれど、七福神の皆様方がお越しなんです」

「カレーでも出しておけばよかろう。連中の好物だろう?」

「……今、お父さんが寸胴で作ってるところです」


 七福神は大黒天だいこくてん毘沙門天びしゃもんてん恵比寿天えびすてん寿老人じゅろうじん福禄寿ふくろくじゅ弁財天べんざいてん布袋尊ほていそんという七柱の総称である。

 なぜか、彼らはカレーライスと福神漬けが大好きなのだ。福神漬けの名前の由来となったとも言われているせいか、妙に愛着があるらしい。毎回、団体で宿泊しては、カレーライスをありったけ食べて帰っていく。


「儂のカレーには、松山あげを入れておくよう料理長には言っておけ」

「シロ様も、本当に松山あげお好きですよね」

「……松山あげの入ったカレーうどんも好きだ」

「……はあ」


 九十九は息をつく。

 すると、シロはコンコンと指で自分の隣を指した。隣に座れということだろう。そんな暇はないのだが……少しだけ、つきあうことにした。


「素直に座るなど、珍しいではないか」

「少し心にゆとりを持つことにしたんです」


 天宇受売命の宿泊で、九十九は自分には余裕がないことに気づいた。京との関係もそうだが、もう少しだけ、ゆとりを持ってもいいのではないかと思うようになったのだ。

 ダンスバトルのあと、京を湯築屋に泊めることはできなかった。やはり、只人である京を宿に招くことは、湯築屋の性質上はばかれるのだ。代わりに、従業員たちに許可をとって、九十九が京の家に泊まりに行った。

 修学旅行以外での外泊など初めての体験で、思ったよりも新鮮だった。

 他人の家にお邪魔するのも、友達と同じ布団で寝るのも、夜遅くまで他愛もない会話やゲームをしたりするのも……初めてで、そして、楽しかった。

 京のほうも、今まで見たこともない顔で笑っていた。彼女があんな顔をするなんて、どうして知らなかったのだろう。


「シロ様」

「なんだ?」


 静かに、けれども、はっきりと。


「わたし……大学、行かないつもりだったんです。このまま旅館を継ぐことになると思うし、他にやりたいことも特にないし――でも、やっぱり、大学行ってみようと思うんです。もっと、いろいろなこと知っておきたいんです。わたし、たぶん、なにも知らなくて……」


 九十九は高校二年生だ。

 来年は受験の年となる。もう進路を決めなければならなかった。いや、遅いくらいだ。


「受験しようと思います。もちろん、県内の大学です……いい、ですか?」


 戸惑いながら問うと、シロは不思議そうな表情で九十九を覗き込む。いつもながら、顔が近くて、一瞬、ドキリとしてしまう。


「儂が九十九の希望を断ったことがあったか?」


 そう言って、自然な動作で肩に手を回される。予期せず密接して、九十九は声が裏返りそうになってしまう。


「九十九の好きにするがいい。どうせ、変わらぬだろう?」

「ありがとうございます……!」


 九十九はさり気なく、シロから身を剥がそうとする。だが、シロは腕に力を込めて、九十九を放してくれそうにない。


「シロ様、過剰なスキンシップはセクハラだって言ってますよね!?」

「すまぬ。九十九に触っていると、落ち着くのだ。もう少しだけ、赦してはくれぬか?」


 シロは当たり前のようにサラリと言いながら、両手で九十九の肩を捕まえてしまう。逃れることができなくて、九十九は反射的に身構えた。

 放してはくれないが、本気で抵抗すれば抜け出せることができる。そんな力加減だ。

 着物の絹ごしに肌と肌の熱が伝わりあい、身体が温められていく。

 結界の中が静かすぎるせいなのか、すぐそばに、シロの鼓動を感じた。

 神様にも鼓動がある。身体のつくりは人と同じなのだと実感すると、途端に顔が熱くなってきた。


「九十九の神気は温かいからな。冬の寒さには、ちょうどいい」

「別に結界の中なんだから、寒くないじゃないですか!」

「雰囲気という奴だ」


 腕の力が緩んだ隙を見て、九十九はサッとシロから離れる。シロは名残惜しいのか、面白くないと言いたげだった。


「九十九に触っていると、妙に安心するのだ。誰にも渡したくない」

「そ、それ、自分がなに言ってるか自覚して言ってます!? 恥ずかしくないんですか!?」

「なんの話をしているのだか……夫婦なのだから、素直に述べてもいいではないか」

「自覚してるような、無自覚なような、妙なズレなんとかしてくれません!?」


 わかっているのか、いないのか。恥ずかしいセリフをサラサラと。

 九十九は身体の奥から熱いものがわきあがるのを感じて、顔を両手で覆う。たぶん、めちゃくちゃ怒っているのだ。きっと、そうだ。身体が熱いのは、腹が立っているからに違いない。


「それでは、お客様のところへ行って参ります! シロ様も手伝ってくださいよ!」

「うむ。カレーに松山あげを入れてくれたか、確認しに行くとしよう」

「松山あげは、わたしが入れておきますから!」


 心に少しはゆとりを。

 しかし、あまり変わらぬ日常。

 若干の変化をしつつ、ゆったりと流れるこの日常が堪らなく愛おしい。そんなことに気づくのは、たぶん、もう少しあとの話だろう。

 

 

 

 4章の更新はここまでとなります。

 5章は7月か8月頃を予定しておりますので、どうかお待ちいただければと思います!

 書籍情報などは情報解禁になったら、公開していきますので、よろしくおねがいします!

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