8.都合のいい友達
元凶はこじらせ女神の意地だとしても、勝負は勝負だ。テストの成績も大事にしたいため、九十九はいたって真面目に創作ダンスの練習に打ち込んだ。事情を知った小夜子もつきあってくれるので、ありがたい。
「京。天宇受……渦目さんとの練習はどう? 上手くいってる?」
体育前の休憩時間、九十九は何気なく京に声をかける。
最近、京とは休み時間などは普段通りに過ごしているが、放課後になると練習のためか、そそくさと九十九たちの前から立ち去ってしまっていた。
なるべく、ダンスの話題には触れないようにしていたが、無視し続けるわけにもいかないだろう。
「うん、まあ……」
京は歯切れ悪く九十九の質問に答える。
練習の成果が芳しくないのか、それとも、そういう姿を見せたくないのか。
天照もだが、京も意地を張って頑なになっている。
「ねえ、ゆず」
京はショートカットを軽く掻きながら、九十九のほうへ視線を寄越した。
「うち、ゆずとは長いつきあいやけど、一度もゆずの家に遊びに行ったことない……ゆずの家が旅館なのは知っとるし、バイトが大変そうなのもわかっとるんよ。ゆずのお母さん、海外に仕事とか行っとって、たぶん、家事とかも大変なんやと思う」
「京……?」
「気に入らんのよ」
「え」
気に入らない。
そんなことを言われたのは初めてで、九十九は身体を固まらせてしまった。
「大変そうやのに、平気な顔して。もうちょっと、うちも頼って欲しい」
「え、京? なに言って……」
たしかに、高校生と若女将の両立は難しい。京が言った通り、母も海外出張が多くて家にいないため、家事も父と分担していた。
それでも、少ない湯築屋の従業員が支えてくれるし、シロだっている。九十九は決して独りでがんばっているわけではない。お客様もよくしてくれるし、楽しい。
京に頼る必要なんて、なかった。
「うち、学校で適当に遊べる都合のいい友達ポジなんやろ?」
あ。
口を半開きにしたまま、言い返すことができなかった。
九十九は京に頼ったことなんてない。
つきあいが長いと言っても、ほとんど幼稚園や学校までの関係だった。帰り道に遊んだり、半日ほど出かけることはあっても、そこまでだ。おまけに、最近は小夜子が湯築屋で働きはじめたこともあり、京を放って二人で行動することも少なくなかった。
普通の高校生って、友達となにを話すんだろう?
ドラマやアニメの話? ……あまり見ないので、特に話すことがない。
好きな人の話? ……そういえば、京の恋愛話など聞いたことがないし、九十九からすることもない。
家についての愚痴? ……あまり愚痴ることがない。
京とは、なにもしていないことに、今更気づいた。
京の言う通り、学校で適当に遊べる都合のいい友達、なのではないか。
長いつきあいだ。京のことは、わかっているつもりだった。
でも、実はなにも知らない。
「渦目さんから聞いたよ。うちらの体育の成績で賭けてるんやってね?」
「京、でも、それは……」
「うちらも賭けようよ……うちが勝ったら、なんでも言うこと聞いて」
京の目が本気であることを感じとり、九十九は息を呑んだ。
「……いいよ、わかった」
軽率な判断だろうか。それでも、九十九は慎重に選んだつもりだった。
体育館の窓に視線を送ると、真っ白な鳥がこちらを覗き込んでいるのが見えた。シロの使い魔だ。猫だったり、犬だったり、鳥だったり、様々な形に変化して九十九を見守っている。
シロは「ロクなことにならぬ……」と呆れているに違いない。その姿が目に浮かんだ。
まさか、こんなことになるなんて。
「九十九ちゃん、京ちゃん。先生来ちゃうよ」
授業開始のチャイムが鳴っても整列しない九十九の手を、小夜子が引く。九十九はうなずき、出席番号順の列の最後尾に並んだ。
今日の体育は来週行われる創作ダンスのテスト練習に当てられる。ほとんど自習のようなものだ。あまり真面目に練習せず、雑談ばかりしている生徒も多かった。
課題曲に個人や班で、楽な振り付けを考えたあとは、適当に練習するだけでいい。ダンス大会に出場するなどという目標もないため、おおむね緩い授業であった。
「京ちゃん、班別々にするんだね……」
一人で練習の位置取りをしている京を見て、小夜子が心配そうに言った。
九十九は黙って、京の練習を見つめる。
「あ……」
体育教師がリピートでダンスの音源を再生しはじめた瞬間、京の身体が動いた。
キレはない。
だが、振り付けの難易度が違う。
九十九たちと一緒に考えた振り付けではなく、もっと、難しい動きの多いものだった。おそらく、天宇受売命が考えたのだろう。京の表情は必死そのもので、振り付け自体を身体で追うことができているのではないかと思われた。
まるで、ダンス部のダンスのようだ。
先週まで、まったくリズムがとれずに四苦八苦していたとは思えない。天宇受売命の指導が行き届いているのだろう。成長速度を考えれば、来週のテストで完成するのかもしれない。
「あれ、九十九ちゃん?」
ぼうっと京のダンスに見惚れている小夜子を余所に、九十九は念入りに準備運動をはじめた。
「小夜子ちゃん、練習しよう。京に負けないように」
「え? う、うん……」
京は本気だ。
だったら、こちらも本気で応えなければ失礼だと思った。




