6.昼ドラのキスシーンはわたしも嫌ですけど!
冷静になって考え、改めて。
「いやいやいやいやいや、おかしいですよ。なんで、そうなってるんですか。夜食からのアイドルって、ちょっと意味がわからないです!」
「わたくしなりに気を遣って、ワンクッション置いた結果ですわ。もちろん、鬼の巫女とデュオの予定です」
「勝手に小夜子ちゃん巻き込んでます!?」
冷静になどなれるはずもなく。これはどういうことかと、九十九は天照に抗議した。
九十九がアイドル? 小夜子とデュオを組んで? なんの話だ。
どこかの芸能事務所に履歴書を勝手に送ったとでも言うのだろうか。よく「兄弟が勝手にオーディションに応募してて……」と説明しているアイドルがいるが、あれは現実だというのだろうか。
「今は誰でも気軽に、アイドルになれる時代です。まずは、お部屋の前で披露してくださる荷物受け取りの儀式を動画サイトにアップしてみましたの」
「え!? あれを!? む、無断転載ですよね……!」
「事後報告したので、許してください」
「いやいやいやいや!?」
天照がTamazonで注文するたびに、九十九や小夜子が歌とダンスを披露して、荷物を部屋まで届けている。まさか、あの様子をこっそり動画で撮影され、インターネットにアップされていたとは。
「すでに百万再生を突破しています。そろそろ、ダンス以外の動画やブログ、生放送などを配信してアピールしても、よろしい頃合いだと思いまして。着物姿の女子高生がキレッキレのダンスを踊る動画、なかなか大衆の興味を引いたようですわ」
思ったより、人気だった!
「でも、天照様。わたし、アイドルなんて……」
ただでさえ、現役女子高生であり、神様の巫女で妻、旅館の若女将という属性特盛り状態だというのに、ここにネットアイドルなどという肩書が加わるなど……流石に、そろそろやりすぎだ。いや、元々やりすぎだった?
「目的がないわけではあるまい、天照? 我が妻を利用して、なにをするつもりだ?」
慌てふためく九十九の横で、見兼ねたシロが口を開く。どさくさに紛れて、夜食の伊予さつまをきっちり完食したあとだったが。
「利用とは、人聞きが悪い。活用ですわ、稲荷神」
「儂には、ロクなことには見えぬがな。我が妻を妙な意地のために巻き込んでくれるなよ? 嗚呼、九十九。おかわりだ」
シロは真剣な表情で天照を睨みつける一方、右手で九十九に茶碗を寄越す。松山あげが入ってないとか、なんとか文句を言っていたくせに。
「意地などと……これは純粋な勝負ですわ」
「勝負?」
天照は蜜のように甘い笑みのまま、シロと同じように茶碗を九十九のほうに突き出した。こちらも、おかわりか。
「わたくしと宇受売、どちらが良質のアイドルをプロデュースできるか、ですわ」
「やはり、天宇受売命の関連か……我が妻を出雲阿国にされては、困るのだが?」
「阿国の話は禁止です……! あれは、ノーカウントです。ノーカンですわ! 宇受売が凄腕のプロデューサーだったのではなく、きっと、阿国に才能があっただけなのです!」
「才ある者を見抜けなかった、そなたの負けであろうに」
出雲阿国の名前は九十九も知っている。日本史の教科書にも載っている有名どころだ。
安土桃山時代の女性芸人であり、歌舞伎踊りを創始したことで有名である。関連の地では像や石碑が立っており、現在でも知名度がある女性だろう。
まさか、出雲阿国をプロデュースしたのは天宇受売命で、天照は彼女と競って誰かをプロデュースしていたが負けたなど……女神同士の喧嘩で歴史上の偉人が誕生しちゃっても、いいんですかね?
「でも」
ここで疑問が一つ。
「天照様は勝負していると言いました。ということは、天宇受売命様もプロデュース対象を見つけている、ということですよね?」
天照が九十九をプロデュース対象として選んだことよりも、気になることがあった。
「天宇受売命様がプロデュースしようとしてるのって、もしかして……」
「察しがよくて助かりますわ、若女将」
九十九が疑問を最後まで口にする前に、天照はニコリと笑った。
それは人を沼にはめる蜜の笑顔ではない。
すでに勝利を確信し、歓喜の笑みに近かった。
「あのような凡人を選ぶなど、天宇受売命も見る目がない……それに引き換え、若女将はわたくしが長年育てた優秀なダンサーです。勝利は見えていますわ」
「ちょっと待ってください。わたし、もしかしてそのためにずっと部屋の前で踊らされてたんですか!?」
「ふふ」
ふふ、じゃないですよ! 九十九は頭を抱えた。
しかし、天照の口振りから、おぼろげだった予想が確信に変わる。
天宇受売命は本気で麻生京をプロデュースしようとしているのだろうか?
「わたくし、負けませんわよ。今度こそ……今度こそ、勝ってみせます」
天照ばかりが意気込んで、九十九はついていけない。おかわりの伊予さつまを手渡すと、親の仇かなにかのように天照はかきこんでしまう。天照にしては、なかなか豪快な食べっぷりであった。
天照がここまで執念に燃える姿など見たことがない。推しのDVDを見ているときは、結構、いや、かなり熱くなっているが。
「天照。儂は先にも言ったように、そなたたちの意地のために我が妻を巻き込むことは赦さぬよ」
シロはそう言って、涼しい顔で伊予さつまをすすっている。
「我が妻が芸能人になってしまったら……ドロドロの昼ドラに出演して、イケメンの俳優とキスシーンを演じなければならないではないか……儂には耐えられぬ……」
いや、シロ様。心配はそこなんですか? ねえ、そこなんですか?
焦点がズレている気がするが、シロが珍しく正論を言っている。九十九は突っ込みを口に出したい気持ちをおさえて、グッと飲み込んだ。
それにしても、シロは九十九が誰かとキスシーンを演じるのが嫌なのか。自分の巫女を独占したいということ? それとも――関係のないところで、なんだかモヤモヤして九十九は顔が熱くなってくる。
「動画はすべて削除するがいい、天照。我が妻をアイドルにすることは、儂が赦さぬ。不倫ドラマのキスシーンなど、見たくもない」
「なっ……! 稲荷神、それではわたくしの戦略が……! たしかに、わたくしも推しの安っぽいヌードやキスシーンには反対派ですが!」
流石に了承できず、天照がバンッと机を叩いて立ちあがる。
シロは臆せず、天照の前に掌を突きつけた。
「そのような戦略を駆使せずとも、勝負の場ならあろう?」
咀嚼していた伊予さつまをゴクリと飲み込んで、シロは箸を空の椀の上に置く。
「体育教師が言っていたではないか。来週、創作ダンスの試験を実施すると」
あ、と九十九は口を大きく開けた。
シロは使い魔を駆使して、学校の様子を覗き見ている。当然のように、テストの日付も知っていた。
「アイドルなどと回りくどいことをせず、正々堂々と学生らしく試験の成績で競えばよかろう。そのほうが、結果も早く出る」




