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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
四.神様主催のダンスバトルですか!?
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5.神様だってお夜食が欲しいんです!

 

 

 

 京と天宇受売命の話は気になるが、九十九には本日の接客が待っている。休まず、きっちりとこなさなければならない。

 お客様のわがままな要望に応えるのも、若女将の務めだ。


「若女将。わたくし、お夜食を頂きたいのですけれど?」


 本日の業務も大方終了して、そろそろ学校の宿題でも片づけようかという頃合い。

 自分の部屋に戻ろうとする九十九の前に、ニッコリ笑顔の天照が現れた。お客様たちは、いつもどこから現れるのやら。神気を駆使してこつ然と姿を消したり、唐突に現れたりするのが常だった。

 もう慣れたような、未だに慣れないような。


「サラッと食べられるものがいいです。あ、神は太りませんのでカロリーは気にしないでくださいませ」

「便利ですよね、その体質」


 神様には、本来、食事は必要ない。

 しかし、美食を味わう習慣はある。天照は今、「夜食が食べたい気分」なのだろう。それも、人間のように腹に入ればなんでもいいわけではなく、それなりに満足するものを提供する必要があった。

 料理長の幸一になにか頼むか……思案していたところに、ちょうど九十九のお腹がグゥッと鳴りはじめた。


「あらあら。ご一緒しますか?」

「…………簡単なものでいいですか?」

「もちろん」


 九十九は、はあっと息をついて、旅館の厨房ではなくキッチンへ向かう。まかない飯などは厨房で作られるが、基本的に九十九と幸一のご飯は、母屋のキッチンで作っていた。営業から帰ってきた登季子が稀に料理を作るときも、キッチンだ。

 自分の分も欲しいため、幸一を起こさず自作しようと思う。


「わたし、大したものは作れませんよ?」

「気にしませんわ」

「儂も気にせぬ」


 いつの間にやら、シロまでひょこっと顔を出していた。

 本当に彼らは、こつ然と姿を現す。


「いや、九十九が太ってしまうのは気になるところではあるな」

「余計なこと言わないでもらえます!?」


 気にしているのに!

 しかし、お夜食はお客様の要望だ……少し、味見するのは仕方のないこと。

 実は時折、テスト期間中などは、おにぎりを作ることもあった。


「えーっと」


 冷蔵庫にはアジの干物とキュウリ、大葉が確認できた。九十九は適当にそれらをテーブルの上へと移動させる。

 あとは食品庫から麦味噌と醤油、キッチンの収納スペースからすり鉢を取り出した。


「九十九、松山あげも入れよ」

「はいはいっと」

「返事が雑だぞ」

「はいはーい」


 九十九は軽く返事をしながらアジの干物をグリルにかけた。その間に、鍋では湯が沸き、顆粒のかつお出汁を溶かす。本当は幸一のようにていねいな出汁とりをしたいところだが、あくまで夜食だ。手早く作るのも大事だった。

 キュウリの輪切りを塩揉みし、大葉を刻む。プロのようにリズムよく刻むことは難しいが、トントンっという音が連続してキッチンに響いた。その音を聞きながら、天照とシロが頬杖をついて食卓についている。


「なにを作ってくださるのかしら?」

「九十九の料理は久しいからな。楽しみだ」


 アジが焼けたら身をほぐして、すり鉢へ。本当は鯛がいいのだが、あいにく、冷蔵庫にはなかった。旅館の厨房にはあると思うが、明日の献立に関わるので手はつけられない。

 ほぐしたアジの身と、麦味噌をすり鉢の中で潰しながら混ぜ合わせる。そこへ、作った出汁を投入して、よく延ばしていく。

 あつあつのご飯に塩揉みしたキュウリ、刻んだ大葉を盛り、アジと麦が溶け込んだ出汁をゆっくりとかける。


「天照様、お待たせしました」


 九十九は食卓で待つ天照の前に、夜食を提供した。


「これは……猫まんま? みそ汁の中に、ご飯が沈んでいるように見えますけれど……でも、お魚と味噌のいい香りがしますわ。それに、サラッと食べられそう。まさにお夜食ですわね」

「これは、伊予さつまという郷土料理です。サッと作ったので、出汁が熱いんですが、冷やした出汁を熱いご飯にかけても美味しいんですよ」

「なるほど。宿で提供されるお膳とは、ひと味違うのですね」


 天照が期待を込めた眼差しで、伊予さつまを見ている。そして、両手で腕を持ちあげ、まずは出汁を一口。


「ただの味噌汁のようなものかと思えば……出汁に、焼いたお魚と味噌の味がギュッと濃縮されて、いい味です。間違いなく、ご飯に合います。そして、夜食に相応しいサラリとした食べ心地!」


 そのまま箸を使って、流し込むように伊予さつまをかき込む日本神話の太陽神。満足そうな顔で、九十九を見あげている。


「松山あげが、入っておらぬ……」


 一方のシロは、この世のどん底のような表情で、伊予さつまを見ている。そういえば、リクエストの松山あげを入れるのを忘れていた。もちろん、松山あげは出汁をよく吸ってジューシーな味わいとなるため、伊予さつまに入れても美味しい。

 伊予さつまの起源は、宇和島藩主に嫁いだ薩摩藩主の娘が伝えたものだと言われている。しかし、実際にそのような史実はなく、どうしてそのように呼ばれるのかはっきりした理由はわからない。

 ちなみに、伊予さつまの素はスーパーでも手軽に買うことができる。魚を焼いたりする必要がなく、素早く仕上がるのが魅力だ。


「さて、若女将」


 わたしも食べようかな! と、九十九が手を合わせた瞬間、天照が不吉なほど優しい笑みを浮かべた。

 子供らしい丸い顔が湛えているのは、魔性の蜜をまとった魔女の微笑み。並みの男であれば、なにを言われても「はい、わかりました!」と喜んで尻尾をふりそうな魅力を感じる。


「天宇受売命の件ですが――」

「嫌な予感がしますので、聞きません!」

「まだなにも注文していなくてよ」

「注文されなければ、聞き入れる必要もありませんし!」


 酷い屁理屈を唱えながら、九十九は両手で耳を塞いだ。

 天照は「まあ……」と困ったふりをしながら、九十九の手背に唇を寄せる。そんなことをされると、なんだかドキドキしてしまい、九十九はブルリと身体が震わせた。


「その辺りにせよ。これ以上は見過ごしてやらぬ」

「まあ、つれない態度。よいではありませんか。せっかく、あなたの巫女をアイドルとしてプロデュースさせていただくのですから」


 ごくごく自然に、サラリと。

 え? 今なんて?


「若女将を、アイドルとして……このわたくし天照大神がプロデュースいたしますわ」


 天照は魔女のような魅力的な笑顔で、先ほどのセリフを言い換えてみせたのだった。

 

 

 

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