表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/288

4.神様は寂しがり?

 

 

 

 行燈(あんどん)の灯りが揺れゆれる。

 風もなく、静かで穏やか。

 窓から見える空は透き通る藍の黄昏。金星と細い月のみが見下ろす庭には、桜の花が甘い香りを漂わせながら咲いている。


 煙管から口を離し、紫煙の一息。

 人ならざる琥珀の瞳。

 藤色の着流しから覗く肢体は滑らかで美しく、男とも女とも。どちらとも言えるし、どちらとも言えぬ。ただ体格から、男のようだと感じ取れる程度。

 絹束のような白髪を指で弾くと、しなやかに。


 窓枠に腰掛けた稲荷神白夜命いなりのかみびゃくやのみことは、この世のなにより美しく思われた。

 狐の耳や尾まで毛並みが滑らかで、神々しい。

 薄暗い中であっても、確かな神気を纏い、そこに御座(おわ)す。


 幼いときより過ごし、見慣れた夫婦(めおと)の間柄であっても、声を忘れてしまうほどに――今が夜で、九十九(つくも)の就寝時間でなければ。


「また忍び込みましたねッッ!?」


 それは、人の世に降りた神を崇める声ではない。

 奇襲(夜這い)を仕掛ける不審者を迎撃する猛者の声だ。


「な!? 儂は、ただ今宵は冷えるからと――」

「問答無用! 結界内は冷暖房完備状態だって、前に自分で言ってましたよね!」

「儂の心が寒い!」

「お黙りください」


 寝起きとは思えないくらいキビキビとした動作で、九十九は布団を跳ね飛ばす。

 そして、そば殻の詰まった枕を掴んで、思いっきり振りかぶる。

 投球(枕)は、まっすぐに。

 驚くシロの顔を覆うように。


「ぐぁっ!?」


 枕投げなど、修学旅行以外で披露することも少ないだろう。

 しかし、至極爽快である。枕を顔に受けてシロはバランスを崩し、開けっ放しの窓の外へ落ちていく。

 少々落下しても平気だろう。なんといっても、シロは稲荷神。神様なのだ。むしろ、少しくらい痛い目を見て欲しい。


「まったく……」


 安眠を邪魔されて、九十九は不機嫌に布団を被り直す。

 昼間は学校、夜は旅館の若女将。

 二足の草鞋を履くのも疲れるというのに、加えて駄目神様の世話まで。しかも、あれが自分の夫である。先が思いやられた。


「あー……もう……」


 布団を頭まで被りながら、九十九は目を閉じた。




 という、昨夜の話を教師や学友にするわけにもいかず。

 九十九は目の下に隈を作ったまま、大あくびを噛みしめていた。


「ゆず、酷い顔してんなぁ」


 覗き込むように学友――(みやこ)の顔があった。

 前の席から、椅子へ後ろ向きに座る格好だ。

 ボーイッシュに短く髪を切り揃えており、性別不詳の男前顔をしているが、これでも女子学生である。だいぶ「はしたない」のではないか。


「さては、エッチなゲームを夜通しプレイしていたな?」

「……してないから。そんな生態してませーん」

「じゃあ、夜通しエッチなことを――」

「し、ししてません!? してないから!?」

「反応が良すぎるんよ」


 九十九の反応が露骨だったせいか、京は声を上げて笑った。

 あまりに楽しそうなので、九十九はプクゥッと頬を膨らませる。


「旅館のバイト、そんなにキツいん?」

「それも、なくはないけど……」

「じゃあ、例の彼氏(・・)?」

「か、かれ!? い、いやいやいや、い、居候よ。居候!」

「え、ちょい待ち。同棲?」

「誤解よ!?」


 彼氏を居候に変換しながら、九十九は首を横に振った。

 否、実際は「夫」なので彼氏の方が近くはあるが――流石に、高校生で結婚しているとは言えない。


 湯築家の婚姻事情は特殊すぎる。

 昔であればともかく、今では神様と結婚などという風習は日本全国でも、そう多くはないはずだ。法律の枠にもおさまらないので、実は物心ついた頃には契りが結ばれてしまっている。婚姻の儀式のことも、よく覚えていない。


「シロさま……ああ、いや、シロウさんは、その、小さい頃から家にいるから恋愛対象じゃないっていうか? そういうのと、ちょっと違うというか?」

「ふぅん。いつもの話しぶりから、てっきり年上だと思ってたんだけど、小さい頃からって幼馴染なん? まさか、同級生におるん?」

「いや、年上よ。年上! すっごい年上! 学校にもいないから!」

「なんか、君はよくわからんというか、詮索するのもメンドイな」


 薄々思っていたが、確かに一般家庭と比べると湯築家は面倒くさい気がする。

 九十九にとっては当たり前の日常ではあるが、時々、特殊であると認めざるを得ない瞬間があるのも事実だ。


「言っとくけど、メンドイのは家族の話じゃなくて、ゆず自身もだかんね」

「はひ?」


 期せずして、「メンドイ女」と言われてしまい、九十九は首を傾げた。

 その様子を見て、京はハァッと息をつく。


「自覚ないところが、メンドイ」

「うう。そんなにメンドイですかねぇ?」


 メンドイ女って、所謂、「メンヘラ」とか「ヤンデレ」とか、そういう属性のことかな?

 九十九には自覚はないが、他人の目からは、そのように映っているのかもしれない。流石にそれは厳しい評価だし、自分に落ち度があるように思えた。


 同時に、ふと。

 シロは九十九のような「メンドイ女」のことを、どう思っているのだろう。


「ああ、ほれ。そこがメンドイんよ」

「は、はひ?」


 逆向きに座った椅子をガタガタ揺らしながら、京がニタリ。

 とても意地の悪い顔だが、意味がわからない。


 九十九が両目をパチクリしていると、授業のチャイムが鳴った。

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ