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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
四.神様主催のダンスバトルですか!?
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4.神様の加護じゃなくって無料指導?

 

 

 

「もう一回、お願いします……師匠!」


 肩で大きく息をしているのは、他でもない京であった。いつもは少しくだけた印象だが、このときの視線は真剣そのもの。まるで、ボロボロになりながらもラスボスに挑む勇者のような風格があった。

 仁王立ちしているのは、派手な紫のコートを羽織った女性――天宇受売命だ。


 この現場、どう見ても――ダンスの練習だった。


「京ちゃん……!?」


 小夜子が声をあげて、前に出た。

 突然現れた小夜子の姿を見て、京は驚いたようだ。目を真ん丸にしてこちらを見ていたが、やがて、視線を逸らす。


「邪魔をしないでくんなまし。今、レッスン(・・・・)の最中でありんす」


 京に駆け寄ろうとする小夜子を、天宇受売命が制止する。

 小夜子の動きがガクンッと止まった。圧倒的な神気によって、小夜子の動作が阻害されたようだ。指一本動かせずに、小夜子は息を呑んでいる。

 とはいえ、はたから見ると、そのようなことなどわからない。なにがおこったのかわからない京は、天宇受売命の隣で腕を組んだ。


「ゆず、朝倉。邪魔しに来んとって!」


 足元では、シロの使い魔が「だから放っておけと言っただろう」と言いたげに座っている。


「これ、どういう状況? なんで、天宇受売命様が……?」

渦目福江うずめふくえと申しんす。ダンススクールの講師をしていんす」


 天宇受売命はニッコリと笑いながら、九十九の前に名刺を差し出した。

 おそらく、天宇受売命が人の中に紛れる際の名前と肩書だろう。神様の中には、人の世界に入り込んで生活する者も多い。そうやって仕事をして稼いだお金で湯築屋の宿賃を支払うお客様もいる。

 天照などは動画やブログのアフィリエイトで稼いでいるらしい。

 多くの神様は自分を祭神として祀る神社から、収益を報酬として受け取っているらしく、天宇受売命や天照のように自分で稼ぐことは稀なのだが。


「ちょうどいい素材がいんしたので……無料指導でありんす」

「無料、指導……?」


 訝しげに天宇受売命、いや、渦目を眺めて九十九は言葉を反復した。

 天宇受売命は芸術と舞踊の女神だ。芸能に秀でた人間に加護を与えることは自然なことだろう。

 だが、京は一般的な人間だ。素人目にはなるが、天宇受売命の加護を受けられる人間ではないと思う。それとも、九十九にはわからない才能があるとでもいうのだろうか?


「まあ、楽しみにしておくんなまし」


 それ以上、渦目は語る気はないらしい。

 神気が天宇受売命だと気づいて、京に害はないと思っていたが、これはどういうことだ。結界を張って人払いしてまで、京に指導をつけている理由がよくわからなかった。

 シロの使い魔が「そら見ろ、行くぞ」と言いたげに、九十九のスカートを引っ張っている。普通の人である京の前で、言葉を喋る気はないらしい。思ったよりも常識的だった。


「京」


 後ろ髪を引かれるように視線を向けるが、京は俯いたままだった。


 ――なんか、うちだけできんの面白くないけん。


 ダンスができなくて、意地になっていた京の言葉が思い出される。

 どうして、渦目が京の指導をしているのかわからないが、きっと、京はあのときのままだ。意固地にダンスの練習をしているのだろう。

 こうと決めたら曲げない。いつもの京であることは間違いなかった。


「天宇受……いいえ、渦目さん」


 京の隣に立つ渦目に、九十九はまっすぐ視線を向けた。


「京は真剣だと思うので……よろしくおねがいします」


 九十九は両手を前で揃えて、きっちりと深いお辞儀をする。

 お客様をおもてなしするときのようにていねいに、しかし、接客とは明らかに違う感情がこもっていることに、自分でも気がついた。


「ゆず……」


 黙っていた京が初めて口を開く。

 けれども、すぐに黙ってしまう。


「わかりんした。おまかせおくんなまし」


 なにも言えなくなってしまった京の肩に手を置き、渦目が笑った。その顔は母親のように慈愛に満ち、優しい。神気の流れは変わらないが、たしかに彼女が日本神話の女神の一柱であると実感できるものだった。

 信頼しても、いいということだろう。


「九十九ちゃん……」


 九十九はきびすを返す。心配の声をあげる小夜子も、九十九のあとに続いた。シロの使い魔は一瞬、渦目と京をふり返ったが、やがて、当然のように九十九の隣を歩く。


「面倒なことにならなければいいがな」


 白い犬がため息をつく。犬がため息をつくところなど、初めて見た。


「天宇受売命様の真意はわかりませんけど……少なくとも、京は本気みたいでしたから」

「意地になっておるだけであろう。いつかのマラソン大会で、九十九に負けたときと同じだ」

「……その話、わたしシロ様にしましたっけ? 学校のこと、使い魔で覗き見してるんでしょ!?」


 薄々気づいていたが、この際、はっきりさせておきたかった。

 使い魔は大した問題でもなさそうに、耳をピクリと動かしながら九十九を見あげる。


「妻を守るのが夫の役目。であれば、そのくらいは当然のことであろう? 九十九はもっと、結界の外に出るということについて考えるべきだ」

「当然のように……わたしのプライバシーのことも考えてください!」

「夫婦は分かち合うものと、相場が決まっておろう」


 基本的な考え方がズレている。話は平行線で交わることはないだろう。

 シロの使い魔に助けられることもあったので、一概にダメとも言えず。


「話戻しますけど……京は大丈夫だと思います。いつもの負けず嫌いですから。天宇受売命様も悪い方ではありませんし」

「儂はろくでもないことにならねばいいと思っておるがな。天宇受売命様の奴が絡むと、漏れなくアレ(・・)が暴れる」

「アレって……」


 シロの指す「アレ」がなんなのか、なんとなく想像がついた上で、九十九は苦笑いした。


「仮にも常連様なので、もう少しソフトに言ってください」

「儂は充分、寛大だと思うがな」


 そう言うシロの使い魔の表情は、心底嫌そうであった。

 

 

 

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