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お客様が「神様」でして ~道後の若女将は女子高生!~(web版)  作者: 田井ノエル
四.神様主催のダンスバトルですか!?
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1.ご予約のお客様はいらっしゃいますか?

 

 

 

「わん、つー、すりー、ふぉー」

「ちょ、ちょっと待ってやぁ。ゆず、もう一回。わからんなったけん、もう一回お願い!」


 九十九つくもがリズムを刻むのを中止させながら、(みやこ)が投げ出すように地面に転がった。

 文字通りの大の字である。


「京ちゃんって、思ったよりダンスできないんだね」

「おい、朝倉ぁ! 純粋なスポーツなら、うちだって負けんけんなぁ! ダンスだけ苦手なんよ! ダンス!」


 ボソリと言い放った小夜子に対して、京は開き直った口調で胸を張った。


「それ、威張るところじゃないよね」

「うるさいんよぉ」


 九十九は笑いながら、京が放り投げていたタオルを拾ってあげた。

 京は運動が得意だ。なぜか所属している部活動はないが、球技や陸上競技、水泳もそれなりに得意としている。たまに、運動部のメンバーが抜けたときに助っ人に駆り出されるほどだった。

 そんな京が苦手としているのがダンスである。

 体育の授業で女子が履修する創作ダンスが死ぬほど苦手だと豪語していた。


「うちも男子と一緒に柔道やりたいんやけど……なんで、ゆずと朝倉はそんなにダンス上手いん? おかしくない? 二人とも、マトモに部活とかしとらんやん?」

「なんでって言われても、ねぇ?」

「業務上、致し方なく上手くなったとしか……」


 九十九と小夜子は苦笑いで互いの顔を見合わせる。

 湯築屋で働く以上、行わなければならない通常業務のせいだとしか言いようがない。少なくとも週に四回のペースで届くTamazonの箱を常連客――天照大神の部屋に届けるためだ。

 因みに、小夜子の自己ベストは七十九点で、天照的には「そこそこですわ。でも、磨けばきっと輝くでしょう」ということらしい。アルバイトで働きはじめたばかりにしては、大健闘している。

 コマなどは、ずっと湯築屋で働いているが未だに三十点代しか採れない。


「舞踊の神様ぁ、うちに才能授けてくださーい!」

「京ちゃん、都合良いんだから」


 小夜子にクスクスと笑われて、京は不貞腐れた顔をしている。

 来週、創作ダンスのテストがあるため三人で放課後自主練習していたが、今日はもう辞めた方が良いだろう。そろそろ帰らないと忙しい夕餉の時間に間に合わない。


「そろそろ帰ろうか」


 九十九が提案すると、京は大喜びで「やったぁ! じゃあ、帰りに道後駅前のスタバ寄って帰ろう!」と言い出す――と、思っていた。


「うーん、二人は先に帰ってええよ。うちは、もうちょいやって帰るけん」


 シレッと言いながら、京は立ち上がった。

 予想外の返答に九十九と小夜子は思わず目を見開きながら、再び顔を見合わせる。小夜子も九十九と同じ気持ちのようだ。


「え? 京ちゃん、帰らないの?」

「なんか、うちだけできんの面白くないけん」


 ブスッと頬を膨らませながら、そう呟いた。顔がわずかに上気しており、目元が少しだけ赤い。

 あー。

 九十九は京の顔を見て、なんとなく察した。


「わかった。じゃあ、家のバイトあるから先に帰るね。小夜子ちゃん、行こうか」

「九十九ちゃん……?」


 戸惑ったままの小夜子の手を引いて、九十九は体育館の端に放り投げていた学生服の上着と鞄を拾い上げた。動いているときは気にならないが、もう冬である。汗で滲んだシャツが冷たく感じた。


「じゃあね、京」

「うん、明日学校で」


 短くあいさつを交わして、九十九はスタスタと歩き去る。


「ねえ、九十九ちゃん。いいの? なんか、京ちゃん泣きそうだったけど……」

「いいの、いいの。幼稚園のときから、あのスイッチ入ったら京は聞かないから」


 京の性格は、伊予弁で言うところの「よもだ」だ。

 いい加減で適当。隙があれば怠けたがる。

 しかし、一方で変なところで負けず嫌いでもあった。

 きっと、自分だけ踊れなくて意固地になっているのだろう。


「京は案外、やるときはやるから」


 負けず嫌いのスイッチが入ったら、京は意地でも練習するだろう。

 そして、京の負けず嫌いは大抵、九十九に対して発揮される。長いつきあいのためか、普段からなにか思うところがあるのか。九十九がなにか関与しようとする方が逆効果なのだ。


「九十九ちゃんと京ちゃんは、仲が良いもんね」

「うーん……一応、つきあい長いだけだよ」

「でも、好きでしょ? 京ちゃんのこと」


 そう問われると、すんなりと言葉が出てきた。


「うん、そうだね」


 続けて、「京もそうだったら嬉しいな」と思っていた。

 路面電車の駅に向かって歩きながら、冬の空を見あげる。

 夕刻を過ぎようとしているためか、もうすでに暗い。黄昏の橙と夜の黒が混じり合い、美しい藍色の空へと変わっていくところであった。ちょうど、湯築屋の結界の空と同じ色だと思う。


「今日はどんなお客様がいるかな?」

「ご予約様はいなかったと思うよ……まあ、たいていのお客様は飛び込みでいらっしゃるんだけど」


 湯築屋に訪れる神様たちは、たいてい突然やってくる。

 理由は単純で予約の取り方を知らないからだ。

 天照などのようにスマホやインターネットを使いこなす神様もそれなりにいるのだが、基本的に彼らはアナログだ。時々、電話のかけ方もわからない神様もいたりする。

 人の姿に紛れて公共交通機関を使う神様もいれば、神気で一気に旅館の目の前まで転移する神様もいるので、来店が本当に読めない。


「お客さん、乗車賃はここですよ」

「あら、ごめんなさんし」


 マッチ箱のようなオレンジ色の路面電車が駅に着くと、中からフラリと乗客が出てきた。乗車賃を払っていなかったのか、運転手のおじさんが大きめの声で指摘している。

 九十九はすれ違うように電車に乗り込みながら、降りた客を確認した。


「良い匂いがしなんして……ちょっと気が抜けてしまいんしてなぁ。はい、ここに」


 廓言葉というものだろうか。耳慣れない響きに気を取られてしまった。

 派手な紫色のコートを纏った女性だ。艶やかと表現すべきか、鮮やかと表現すべきか。寒さが深まる時期だというのに、コートの下は薄着で豊満すぎる胸やキュッと引き締まったウエストが惜しげもなく晒されている。

 化粧は派手だが、顔はおかめのようにやや平坦。しかし、整っている。首に巻いた白いスカーフが天女の羽衣を連想させて幻想的だ。


「あれって」


 九十九は思わず、電車の窓に張りつく。が、同時に路面電車の扉が閉まり、発車していってしまった。

 そのとき、不思議な雰囲気の女性がこちらをふり返る。


「またあとで」


 そう言ったような気がした。


「どうしたの?」


 隣で小夜子に問われる。九十九は振動で揺れる窓ガラスから手を離した。


「たぶん、さっきの人……お客様だと思う」

「本当?」


 一瞬のことで小夜子にはわからなかったようだが、とても強い神気を感じた。おそらく、天照大神やそれに匹敵するくらい古い神――日本神話の神の類だと思う。

 またあとで、ということは、湯築屋に来るのだろうか?


「お部屋の準備しとこうっか」

「そうだね、どんなお客様か楽しみ」


 最初は接客慣れしていなくてぎこちなかったのに、小夜子はお客様のご来店を楽しみにして笑っている。九十九もなんとなく嬉しくなって、自然と笑顔になった。

 

 

 

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