11.またのお越しをお待ちしております
次のお客様はファラオですか、お母さん。
アブシンベル神殿を背景にラクダに乗って楽しむ登季子の写真を眺めて、九十九は頬杖をついた。エジプトのファラオ・ラメセス二世が妻ネフェルタリのために造った有名な神殿だ。
九十九も海外旅行へ行ってみたいものだ。
いつか、登季子の営業について行ってみようかな?
「若女将、天照様宛てにTamazonから荷物が届いているんですが……」
登季子からのメールをチェックしていると、コマが控えめにチョコンと顔を見せる。
天照の部屋を開ける際にはコツが必要だ。コマの苦手とするところなので、仕方がないだろう。
「わかりました。わたしが持っていくから、お荷物を貸して」
「すみません……」
九十九は立ち上がって、着物の袖をまくった。
今日は練習した某女子高のバブリーダンスを披露するときだろう。キレッキレのダンスで九十点以上を目指してやろうではないか。
「ふふふ。ふーん♪」
イメトレのために鼻歌を口ずさみながら廊下を歩く。
「おっ、若女将チャン。気合入ってるねぇ」
軽薄な響きの声に、九十九は振り返った。
ボロボロの革ジャンに壊れかけのサングラス。似合わないシュシュで結んで上げた前髪という個性的なルックスを久々に見た気がする。
温泉で身体を綺麗にしたため、髪の毛のボサボサ感やツンと鼻を突く異臭はなくなっているが。
「貧乏神様、どうかしましたか?」
宿泊中は湯築屋の浴衣を着ていたため、名前を呼ぶのが一拍遅れてしまった。
こんなに湯上りビフォー・アフターが違うお客様も、なかなかいないだろう。
「ちょっと見かけたモンで」
貧乏神は極力屋外で過ごすようにしていた。
部屋も母屋のシロの部屋を片づけて用意していたが、結局はあまり使わなかったようだ。建物に入るのは温泉を利用するときくらい。
「お帰りになられるんですね?」
なんとなく察して問う。
「ちゃんとお見送りしますから、玄関へどうぞ」
「見送られるようなモンじゃないんでね。でも、若女将チャンにはあいさつしておきたくて」
元々、貧乏神はあまり歓迎された存在ではない。
自身でわかっている故に、見送られずに宿を出ようとしている。
「ありがと。三日間、楽しかったよ」
「いいえ、こちらこそ。満足な対応もできず、申し訳ありません」
「んなことないよ。充分、満足だったよ。ご飯も美味しかったし、楽しく過ごせた。貧乏神には不相応な好待遇だったよ、感謝してるさ」
言いながら、貧乏神は九十九の前に握った拳を差し出した。視線で「受け取れ」と言っている。
九十九は意味がわからないまま、両手を前に出す。
チャリン。
一枚のコインが九十九の掌に落ちた。
裏と表のあるコインを見つめる。
なんの変哲もない十円玉だ。表には「10円」の文字、裏には京都の平等院鳳凰堂が描かれている。
「貧乏神が転じると福の神になるって知ってるか?」
「……聞いたことなら……」
貧乏神が去ったあとは福の神が訪れるとか、貧乏神を招き入れると福の神に変じるなどという逸話は聞いたことがある。
「きっと良いことあるぜ。ギザ十やるよ」
言われた通り、よくよく見ると硬貨の縁がギザギザだった。
されど、なんの変哲もないギザ十だ。愛比売命の着物に比べるとちっぽけだが、九十九としてはこちらの方が気兼ねがないので気分が楽だった。
なによりも、道端で四つ葉のクローバーとか、財布にギザ十のような小さな幸福の類は心が和む。そんな九十九の性質を見抜いているのか、それとも、別の意味があるのか。
「ありがとうございます。大切にしますね」
「大切にするほどのモンじゃあないが……そうさな。俺は貧乏神だが、若女将チャンはきっと福の神になれると思うよ。神ってのは無駄に寿命が長い。気がついたら人の寿命が終わるほどの死ぬ月日が流れてるんだ。そんな連中が人の寿命の間に何度も来るってのは、君が思っているよりも凄いコトなんだぜ?」
貧乏神はニカッと笑って親指を立てる。
「ありがとうさん」
「是非とも、またのお越しをお待ちしております。お客様」
「また来ても良いのかい? オレは貧乏神だぜ?」
「お客様は紛うことなく神様です。湯築屋の敷居を潜る方は、どちら様でもお客様としてお迎えいたします」
九十九は他のお客様方と同じように、丁寧に頭を下げた。
「じゃあ、お言葉に甘えて、また来させてもらうヨ。若女将チャン」
「はい、お客様! また会える日を楽しみにしています!」
湯築屋へ訪れる神様は等しくお客様だ。
違いなどないし、区別もない。
九十九は若女将として、いつも通り自分にできる精一杯のおもてなしをするだけ。
第3章はここまでとなります。なにかありましたら、ご意見ご感想お待ちしております。
4章は書けたら更新しようと思いますので、よろしくお願いします。次回は5月か6月を……目指す……!
※最初は4章構成と言っておりましたが、ネタが降ってきたのでもう少し完結を伸ばします※




