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5.貧乏神信仰

 

 

 

 貧乏神に憑かれると没落する。

 貧乏神は厄災の象徴。

 されど、貧乏神は――。


「あつっ。熱いですっ、若女将ぃ」

「コマったら。海老の殻剥くの苦手なのね。はい、わたしのあげる」

「ありがとうございますっ!」

「九十九ちゃん、本当に良いの? 私、こんなに美味しいご飯たくさん食べたことないよぉ……」

「いいのいいの、小夜子ちゃん。今日は元々お客様が少なくて食材余らせてたんだよ」


 バーベキューセットを囲んで、九十九はいっぱいの笑顔を振り撒いた。

 実際、この日は宿泊客が少なく食材も従業員も余らせていた。早めにアルバイトを終えて帰る小夜子を走って引っ張ってきたのだ。


「さあさ、どんどんお食べになって。遠慮は無用です」


 何故か天照が仕切ってコップにみかんジュースを注ぎはじめる。

 愛媛県のみかんジュースと言えばポンジュースだが、最近では多種多様なブランドみかんがあり、合わせて多様なジュースがある。

 天照が注いだのは、春が旬である清見(きよみ)のジュースだ。温州みかんとオレンジの交配種であり、爽やかな甘みを持つ。まだ時期的にみかんは酸味のある早生(わせ)しか出回っていないため、甘みを楽しもうと思ったらジュースを飲むのが一番良い。

 因みに、ポンジュースは甘く飲みやすいようにオレンジ等の果汁も混ぜてあるため、100%愛媛県産みかんジュースというわけではない。


「貧乏神様、箸が止まっていますよ」


 周囲に集まった人を眺めたまま、貧乏神の動きが止まっていた。

 九十九は隣の席に座り直し、清見のジュースを差し出す。


「あ、すみません。神様はお酒の方が良いですよね?」

「いや……それを貰うよ」


 貧乏神はヘラッと笑いながら、九十九の手からコップを受け取った。


「美味いな。若女将チャンが出してくれるものは、なにもかも美味い」

「ありがとうございます。でも、食材を仕入れたり料理を作ってくれるのは料理長です。それに、ジュースは農家さんとか生産者さんがいて、わたしはお店から買ってくるだけですから」

「そういう意味じゃないヨ。こうやって、食事の提案をして用意してくれたのは若女将チャンだ」


 貧乏神は随分にぎやかになったバーベキュー会場を見回した。

 壊れかけのサングラス越しに、ここはどのように映っているのだろう。九十九と同じように楽しくて、そして美しい景色になっているのだろうか。


「俺は貧乏神だ。こんなに、楽しそうな人に囲まれるのは初めてでよ。いつも遠目に見ていただけだ」


 貧乏神は人から嫌われる神だ。

 当然と言えば当然だ。誰も貧乏と没落の神を招き入れる者はいない。


「オレは特になにをするでもない。憑いた家が勝手に没落していく。最初は楽しそうに栄華を誇っていた人間が次第に落ちぶれて、だんだんと周りから人が減っていくなんて場面ばかり見て生きてきた」

「なんか、すみません」

「どうして謝る。いいってよ。オレが勝手に喋ってんだ。聞いてくれや」


 反応に困った。

 お客様たちは、みんな自分の存在を誇っている。どのような加護を人に与えてきたかを誇らしく語り、自分の威光に自信を持っていた。

 けれども、貧乏神は違う。

 彼が人に与えるのは加護ではなく厄災のようなものだ。


「繁栄して調子に乗る人間への罰のような存在かもしれないけどねぇ。オレの役割って」

「人に罰を与える神様は多くいらっしゃいます。災害であったり、天罰であったり、形は様々ですけれど」

「そうさなぁ」


 貧乏神信仰は人が創り出したものだが、それは果たして貧乏神だけの話か。

 神様は人の信仰がなければ存在していけない。逆に言えば、信仰が存在しなければ神様は生まれない。


 神様のはじまりを決めるのも、終わりを決めるのも、人の意思だ。

 人は神様に支配されているのではない。

 別の存在ではあるが、お互いに共存しているのではないかと思える。


「普段は気にならないんだよ。オレは最初からそういう存在だし……でも、な」


 貧乏神は言葉を区切り、(くう)を見上げた。

 シロの結界の中には空は存在しない。雲もなければ、星や太陽もない。秋にふさわしい中秋の名月も見えなかった。


「ここの結界がひらけて、宿の入り口が見えたんだ。道後に変わった旅館があるって言うのは同業者連中の話で聞いて知っていたが、実際、目にするのは初めてでね」


 最近まで、シロの結界が貧乏神を弾いていたからだ。


「気まぐれでフラフラっと入っちまった。悪かったな」

「いいえ、構いません。シロ様の結界がひらける方は、どなたでも招かれたお客様です。そして、お客様には最高のおもてなしをするのが、湯築屋の流儀です」

「ははっ。流石は商売の神が認める若女将だ。オレなんかも客として扱うんだからよ」


 貧乏神は九十九の小さな背を叩いて、清見のジュースを飲み干す。


「美味い。でも、次は酒をくれ。せっかくだから、この辺の酒が良いな」

「はい、かしこまりました! それでは、雪雀酒造の『花へんろ』など如何でしょう。甘い口当たりでスッキリと後を引かない軽さのあるお酒です」

「じゃあ、それ頼むわ」


 未成年は日本酒など飲めないので、幸一の説明を丸暗記しただけだ。

 成人したらお客様に自分で気に入ったお酒をお勧めしたいと思っている。


「貧乏神様は、本当に気まぐれだけで湯築屋に来てくださったのですか?」


 なんとなく、九十九が問うと貧乏神は意外そうに目を見開いた。


「先ほど、お客様は楽しみたいだけとおっしゃりました。この温泉の効能である神気を癒すためでも、旅行のためでもなく……これは、わたしのおこがましい想像なんですけど、当たっていたらそれに選ばれた湯築屋はとても光栄だなと思いました。他にも神様のお相手をする宿がないわけではありません。数は少ないけれど、その中から湯築屋を選んで頂けたのは、本当に光栄だなと思います」

「……そっか」

「はい」


 貧乏神は肩を竦めてフッと笑う。

 九十九はニッコリと、おちょこを差し出した。


 貧乏神は人を外側から没落する様を見届ける神。

 その輪の中心に入ることはない。深く干渉すれば、凋落(ちょうらく)は早まる。


 彼は――人の輪に入りたかったのではないだろうか。

 決して入ることが許されず、ただ見ていただけの人という存在に触れてみたかったのではないか。

 こんな風に、にぎやかに食事をしてみたかったのではないか。

 だから、九十九に一緒に食べようと言ったような気がした。


 お客様の口から直接的な要望はなく、自信はなかったが、九十九にはそのように感じられた。そして、貧乏神の反応を見るに外れてはいなかった。

 お客様――神様の気持ちに、添えることができた。

 そのことに安堵すると、九十九の顔に自然と笑みが浮かんだ。


「およ?」


 気が緩んだのかな。

 なんだか気持ちがフヨフヨした。


「九十九ちゃん!?」

「ふぇ?」


 小夜子が何故か声をあげていた。

 九十九はわけがわからず、首を傾げる。


「あ、間違えていましたわ」


 そんなことを言いながら、みかんジュースのラベルをくるりと回したのは天照だった。そこにはジュースではなく、「お酒」の文字。

 みかんのお酒であることが書かれていた。


「若女将にお渡ししたコップ、わたくしのお酒でした」

「ええ!?」


 未成年の初飲酒は、神様に飲まされてしまいました。

 

 

 

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